憚りながら天使Lovers
ドッキドキ☆温泉旅行Part2

「えっ~と、彼の名前はレト。友達じゃなくて私の彼氏です」
 浴衣姿のレトを伴い、玲奈はフリールームでプリシラに説明する。恋人が天使では日本永住という目的も当然果たせず、いろいろと面倒な事態になると考えた末、レトと口裏を合わせ恋人と偽ることにした。
「そういうわけで、レトのことは諦めてもらうしかない、って感じです」
(納得してもらえるかな?)
 プリシラはレトのことを熱い瞳で見つめているが、レトは無関心で興味がなさそうに突っ立っている。
「分かりました。玲奈の恋人では諦めるしかありませんね」
(よかった。案外簡単に引いてくれた)
 プリシラは肩を落としルームを後にし、玲奈は安堵の溜め息を吐く。
「玲奈、これで用事は済んだのか?」
「うん、ありがとうレト」
「つまらないな」
「えっ?何が?」
「いや、もっと恋人気分が味わえるかなって期待してたから」
 真顔で言われ玲奈は照れる。
「最初に言ったでしょ? 恋人のフリだって」
「フリでも俺を恋人として頼ってくれて嬉しかった」
(バレンタインにも思ったけど、二ヶ月でだいぶ雰囲気変わったな。昼間の列車でもキスしたがってたし。恵留奈も言ってたけど、本当に私のことを……)
「あ、あのさ、ぶっちゃけレトって私のことどう思ってる? やっぱ、下等生物とか?」
「そんなわけない。異性として普通に好きだ」
(冗談言ったのにストレートで返された。困ったぞコレ)
「え~っと、ルタとのことはどうするの?」
「それは仕方ない。ルタは説得するよ。玲奈は俺のこと嫌いか?」
(おかしい。おかしいぞコレ! ここ半年のモテ期っぷりが半端ない! 私、今年中に急逝するんじゃなかろうか……)
 返答のしようもなくなく固まっていると、突然両肩を捕まれる。
「出会った頃、下等生物とかいろいろ失礼な発言をしたことは謝る。だから俺の彼女になってくれないか?」
「その辺りの件は、ルタからのプレッシャーがあったからって知ってるし恨んでないよ」
「じゃあいいのか?」
「ダメだよ。ルタ裏切れない」
「俺、ルタより大事にする自信あるけど」
(ルタと付き合ってなかったら普通にOKの超イケメンなんだけど……)
 顔を赤くしながら困り果てていると、レトが突如後ろに倒れる。倒れた背後には葛城が立っていた。
「気安く玲奈様に触るな。嫌がってんだろうがクソ天使」
(助けてくれてなんだけど、非常にヤバイ展開)
 殺伐とした雰囲気に周りの客も注視している。
「葛城さん、暴力はダメ。光集束も」
「分かってます。人目もありますから」
 レトも周りの空気を察しているのか、立ち上がると葛城を一瞥しただけでルームを出て行く。
「お怪我ありませんか?」
「ないよ。守護天使でもあるレトが私を傷つけたりしない」
「でも肩を揺さぶられて困った顔をしてましたよ?」
「それは、うん、確かに。でも大丈夫。レトも天使だから」
「玲奈様。天使は清純でもなければ完璧な存在でもありませんよ」
 葛城は真剣な表情で意味深なセリフを吐く。
「どういう意味?」
「とりあえず、そこのソファで」
 促され長い休憩用ソファに座ると、葛城は小走りでお茶を買ってくる。受け取ったお茶を一口飲むと、葛城は話を始める。
「玲奈様は悪魔にもお詳しいですよね? ゆえに悪魔とは天使が堕ちた者、堕天使とも言われることもご存じかと」
「うん」
「では、天使が堕天する理由はご存じですか?」
「神への謀反や、悪魔からそそのかされて堕ちる、でしょ?」
「正解です。ですが、そそのかすのは悪魔ばかりではない。人間もそのファクターとなりえるのです」
「人間は悪魔にも天使にもなれる生き物、ってことだから?」
「そうです。人間から良い影響を受ける天使もいれば、悪い影響から堕天する天使もいる、ということです」
「それとさっきのレトの件は関わりあるの?」
「あります。特に人間姿している天使は、人間の影響を受けやすい。悪い人間と居れば堕ちやすく、玲奈様のような天使の心を持つ人間と居れば心地良く、ずっと傍に居たがるでしょう」
(二ヶ月でレトが変わった理由が理解できた気がする)
「このまま長時間、人間姿のレトと居るということは、女性が下着姿で男性を挑発しているのと同じ意味。レトが我慢出来るかどうか疑問です」
(だから葛城さん無理矢理着いてきたのか)
「まあ、さっきの様子を見る限りではまだ大丈夫でしょうが、二人っきりになるようなことがあれば気をつけて下さい。俺のときとは違って、泣いても止まってくれるとは限りませんよ」
(必然的にラブホのシーンを思い出しちゃうわ)
 横目で葛城を見るが、他意もないようで真剣な顔をしている。
(よく考えたら、葛城さんもカッコイイんだよね。ホントに有り得んくらいモテ期だわ……)
「あの、私なんかのためにいろいろとアドバイスしてくれて、ありがとうございました」
 頭を下げる玲奈を見て葛城は苦笑する。
「玲奈様は俺の主。誓ったようにルタが天界から帰って来るまでは、悪魔のみならず天使や人間からもガードしますよ」
「ありがとう。でも、暴力はダメ。それだけはお願いします」
「承知しました」
 素直に頷く姿を見てホッとするもつかの間、ルームの端っこでいちゃつく恵留奈と千尋を発見し、大急ぎで殴りに行く。
「列車でも言っただろうが! 人前でディープな行為をするな!」
 頭を思いっきりグーで殴られた恵留奈はうずくまっており、ついさっき暴力をいさめられた葛城は呆然とその光景を眺めていた――――


――二時間後。レトを除く五人は千尋のスイートルームで夕食を済ませる。備え付けのゲーム機で盛り上がった後は、就寝を含んだ自由行動となる。
 恵留奈と千尋は同じ部屋、という暗黙の了解を皆が心得ているためか、スイートルームからの退散は早い。明と葛城に挟まれる形で廊下を歩いていると葛城が話し掛けてくる。
「玲奈様、これからどうなされますか?」
「まだ九時だけど、私はもう寝るわ。今日はずっと怒りっぱなしだったし、疲れちゃった」
「分かりました。何かあったら携帯をコールして下さい。飛んで参りますから」
「うん、ありがとう」
「では、部屋の前まで護衛します」
「いいよ、すぐ下の階だし。じゃあ、また明日。おやすみなさい、葛城さん、明君」
 明と葛城の挨拶を受けて下階への階段を降りていると、踊り場で抱き合っているカップルに遭遇する。
(うわっ、やなとこに遭遇しちゃった……)
 よく見ると二人は共に金髪で、玲奈もよく知る人物だ。
(レトにプリシラ! なんで?)
 玲奈に気付いていないのか、しばらく抱き合った後、二人はレトの部屋に入って行く。
(えっ? コレやばいでしょ! 仮にプリシラがレトの子供を妊娠したとしても、日本人じゃないから日本に永住出来ない! いやいやいや、違う違う! 今はそんな心配じゃなくて、なんで私の彼をプリシラが……、いやコレも違う! レトは彼氏じゃなくて、私にはルタがいるから問題なくて、今問題なのはレトが人間姿してる状態で、あんなことやこんなことをした場合、堕天する恐れがあるとかないとか……、アレ? わけが分からなくなってきたぞ! どうする? どうすることが正解なんだ?)
 迷いあぐねた揚句、さしたる考えもなく部屋へ走りレトの部屋を勢いよくノックする。
「レト! ちょっと出てきて!」
(この状態ってもしかして女の修羅場ってヤツになるんじゃあるまいか)
「レト!」
 叫んで叩いた甲斐があったのか、上半身裸のレトが現れる。
(うおぉ、やばい。コレ行為寸前だったんでは……)
 レトは少し面倒臭そうな顔をしている。
「玲奈……、何?」
「プリシラと何する気?」
「見られてたか。別にいいだろ、俺が誰と何しようと」
(アンタが人間なら止めないっちゅーの!)
「人間姿の状態で欲にまみれたら堕天しやすくなる。だから止めてるの。レトも分かってるでしょ?」
「知ってるよ。でも俺が堕天しようと玲奈には関係ないだろ」
 レトの言葉を聞いた刹那、玲奈はレトの頬をビンタする。
「何バカなこと言ってるの? 貴方の役目は私を守ることじゃないの? 何のためにここに来たの? 堕天しても関係無い? 守るべき貴方が悪魔になって、私がどんな気持ちになるか分からない? そんな簡単なことも分からない天使なら堕天して天使辞めればいいわ。さようなら!」
 立ち尽くすレトを無視して玲奈は自分の部屋に戻る。ベッドに大の字になると、踊り場のシーンが脳内で再現されイライラが増幅していく。
(何よアイツ! 人が心配してやってんのに。しかも、つい数時間前に私に好きとか言っといて、もう他の女に手を出すとか有り得ない! ルタが帰ってきたら熨斗付けて送り返してやる!)
 苛々しながらベッドをゴロゴロしていて、玲奈はふと気が付く。
(なんで、こんなに苛々するんだろ。まさかね……)
 レトの裸を思い出して、玲奈は紅潮する。
(いやいや、有り得ない。私にはルタが、あれ? ルタを思い出そうとすると、レトの顔が出てくる。なんで……)
 自分自身の中にあるレトへの気持ちに気がつき、玲奈の胸は苦しくなる。
(嘘よ。まだ二ヶ月くらいしか一緒にいない相手に、そんな……)
 ベッドに顔を埋めたまま戸惑い悩んでいると、背後に気配を感じる。
 振り向くと天使状態に戻っているレトが枕元に座っていた。
(レト……)
 急に現れるレトを見て玲奈はどぎまぎする。黙って見つめているとレトが口を開く。
「さっきはごめん。俺、人間姿し過ぎてどうかしてた。本当に悪かったと思ってる」
「別に謝られても。分かってくれたんならそれでいいし……」
 玲奈は気まずそうに横を向く。
「ありがとう、玲奈」
 レトは玲奈の傍まで来ると手を握ろうとする。しかし、玲奈は反射的にその手を払う。
「触らないで」
「玲奈?」
「人間姿してなくて堕天化は大丈夫だと思うけど、多分今の私とレトだと違う意味でヤバイから……」
「違う意味って?」
「……言いたくない」
 全く目を合わそうとしないことにレトは訝しがる。
「俺、嫌われた?」
「ちょっとだけね」
「プリシラの件?」
 玲奈は黙り込むことで意思表示する。
「プリシラは天使だよ」
(えっ?)
「どういうこと?」
 玲奈は驚いてレトを見る。
「酔って絡んできたから寝かしつけただけだ。天使のよしみだからな無下に出来ない」
「でも、レト裸だったし……」
「風呂に入ろうとしたところ邪魔されたんだけど」
(勘違いだったんだ……)
「さっきから何か勘違いしてない? 確かに人間姿でいろいろ言ったけど、酒入ってたし全部が本心じゃないよ」
 恥ずかしさのあまり、玲奈はうつむいたまま黙り込んでしまう。
「もしかして、プリシラとの件で妬いてる?」
「はぁ? 妬いてないし! なんで私が妬くの? 私はルタが好きだし、アンタのことなんて好きじゃないし、わけ分からない!」
(私、なに必死になって否定してるんだ)
 顔を赤くしながら全力で否定する姿を見て、レトは笑顔になる。
「俺は玲奈のこと好きだけどな」
(コイツ、またド直球投げやがって……)
「まだ、酔ってんだよね?」
「天使状態では酔わないよ」
「じゃあ、人間姿の影響がまだ出てるんじゃない?」
「出ないから」
 真っすぐな瞳できっちり返してくるレトに、どんどん追い詰められる感覚に陥る。
(なんかヤバイ、レトの本気が伝わってくる……)
 黙っているとレトが距離を詰めてくる。
「玲奈、本当に俺のこと嫌い?」
(…………観念するしかない、か)
 しばらく黙っていた玲奈は、大きな溜め息を一つついて口を開く。
「好きよ。認めたくないけど、いつの間にか好きだった。一番好きになっちゃダメな相手なのにね……」
 この言葉を聞くと、レトはゆっくりとした動作で玲奈の手を握る。その手は払われることなく熱を帯びていた。

< 32 / 39 >

この作品をシェア

pagetop