愛しい人
 瀬能茉莉花は半年前に交通事故にあった。

命の危機こそ脱したが、いまだ意識が戻らないでいた。

彼女は、純正と同期の医師だった。大学病院や地方の市中病院で働いた後、約二年前にこの深山記念病院へとやってきた。

共に働くうちに、茉莉花は純正へ好意を持つようになっていった。純正は彼女の仕事ぶりや人間性に惹かれていたが、恋愛感情とは違うと感じていた。

だから、晴紀が茉莉花を気に入っていると知って、彼女から距離を置いた。

しかし、そんな純正に晴紀は『茉莉花と付き合えるように協力してほしい』と言ったのだ。彼女の好意を知りながら他の男を好きになるように仕向けることはとても苦痛なことだった。

けれど逃げることは許されなかった。なにかにつけて、父である深山修二への恩義をちらつかせ純正を苦しませた。

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