愛しい人
『なあ、茉莉花。明後日の学会、俺行かないことにしたから晴紀と行ってこいよ』

 ある日、医局で純正は、茉莉花と一緒に行くはずだった外科学会に出席しないといった。

本当ならば、参加することで得られるポイントを稼ぎたかったし、たまにしか取れない連休を取って泊りがけでのんびりと羽でも伸ばしてこようかと考えていたのだが、晴紀はそれを許さなかった。

茉莉花も純正の日程に合わせてきたからだ。同じホテルを予約したことで余計に嫉妬心をあおってしまったのだ。

『どうして?』

『いやほら、外科医が全員で払うわけにもいかないだろう』

『いまさら何言ってるの? そんなこと、当たり前じゃない』

 茉莉花は語気を強めた。学会ヘ行くのは数名の医師だけで、病院をからにしないことくらい言わなくてもわかっていることだ。馬鹿にされたとでも思ったのだろう。

『だから俺が留守番しようってことになったんだよ』

『……あのさ、純正。そういうのやめてよ』

『そういうのって?』

『私の気持ちに気付いているくせに、どうして深山先生とくっつけようとするの?』

 茉莉花は今にも泣きだしそうな顔をしていた。それを見た純正は胸が締め付けられるように痛んだ。

『そんなことしてないさ』

 つくづく嘘が下手だと思った。発した声が上ずっている。視線すら定まっていない。

『してるよ! そのくらいのことが分からないとでも思ってるの? 私は深山君となんて付き合うつもりはないわ。純正が好きなの。純正じゃないと嫌なの』

 茉莉花の気持ちは知っていたのに面と向かって言われると純正の心は揺れ動いた。

このまま彼女の思いを受け入れたら、悲しませることはない。でも、それは出来ない。

『俺のことが好きなら、俺のためにも晴紀と付き合ってくれないかな』

 苦し紛れにそう言ってしまった。

なんてひどいことを言ったのだろう。すぐに後悔の念に苛まれる。けれど、出てしまった言葉はもう取り消すことはできない。

『わかった。純正がいうなら、そうするわ』

 消え入りそうな声で茉莉花はいい、医局から出ていこうとする。

そんな彼女のことを引き留めてやりたかった。しかしそうしたところで思いを受け入れるわけにはいかない。だったら、このまま何もしない方がいいに決まっている。

純正は己の不甲斐なさをただひたすら呪った。

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