愛しい人
そんなある日、茉莉花の容態が安定し、集中治療室から出られることになった。晴紀は彼女を特別室へ移動させた。
広く静かな部屋には看護師の巡回以外は人の出入りもない。
晴紀は仕事を理由に寄り付かなかったので、純正は忙しい合間を縫って茉莉花を見舞った。なにもない部屋では寂しかろうと花を飾ることを思い立ち、病院の隣になるフラワーショップへと向かった。
そこで純正は花名と出会った。小柄で薄化粧の彼女には素朴で幼い印象を受けたが、接客の細やかさに感心し、まるで全てを許すかのような優しい笑顔に心惹かれた。茉莉花の見舞いの花を買い求めるためといいつつ、いつしか彼女に会うために足を運ぶようになっていた。
交わす言葉こそ少ないが、彼女に会えただけで癒された気がした。彼女が見せる笑顔は決して自分だけに見せるものではないことくらいわかっている。それでも、次店に来るまでの一週間を頑張れるきがした。
この気持ちが恋というものだということくらいわかっていた。おそらく花名も自分のことを好いていてくれてるのだろうと感じていた。これはうぬぼれでも何でもない。彼女の態度を見ていたら分かる。
けれど、純正には花名を幸せにする資格などないと思っていた。だったら、この思いは伝えない方がいいに決まっている。そう決意したはずなのに、彼女のことを諦められなかった。だからあらゆる手をつくして彼女を自分のそばに置いた。
でも結局、花名を傷つけてしまった。
「なあ、茉莉花。俺、なにやってるんだろうな。みんなを不幸にして、本当にダメな男だよ。こんなことになるなら、自分の気持ちを押し殺したりせずに好きだと伝えたらよかった。好きだから支えたいと素直に言えばよかった。そうすれば彼女だって、あんなに悩まずに済んだんだ」
想いの全てを勢いよく吐露して、純正はハッと我に返った。いくら意識がないとはいえ、不甲斐ない男の愚痴を聞かせていいはずがない。
「ごめん、茉莉花。こんな話聞きたくないよな。彼女とちゃんと話そうと思う」
純正は病室を後にすると自宅へと帰った。