「君」がいるから【Ansyalシリーズ ファンside】 


「直弥、今からまた病院なんでしょ」

「あぁ、暫く帰れない。
 適当にやってろ。
 熱が上がるようだったら、連れてこい」


楓我さんと須藤先生はそんな会話をしてはなれる。
リゾットを食べてる間に、須藤先生は仕事に出掛ける。


晩御飯を食べ終えると、携帯電話の存在を思い出す。
テーブルを離れて、楓我さんの部屋のベッドに行くと転がっていた携帯電話を引き寄せた。



不在着信が10件。
そのどれもが、紗雪からの着信だった。

慌てて携帯電話を握りしめて、紗雪へとコールする。



「あぁ、里桜奈。やっと繋がった……」

「ごめん紗雪。
 なんか熱だして意識なくなってたみたいで、
 楓我さんのお世話になってた」

「熱?もうさがったの?病院は?」

「大分下がったと思う。もう寒くないし、ちょっと体軽いから。
 病院は行ってないけど、楓我さんの主治医の先生が診てくれたみたい」

「そっか。
 チームの集合時間決まった。

 昨日の放送には入らなかったけど、お通夜は神前セレモニーホールで26日の18時からみたい。
17時頃に集合して、そのまま列に並ぶ予定。

 里桜奈も来れそうだったら、明日17時に神前駅に」


紗雪との電話を切った後、楓我さんの明日の待ち合わせ予定を伝える。


翌日の予定の日まではマンションから一度も出ることなく、
半ば強制的に体を休ませると、26日の16時頃から出掛ける準備をする。

黒服に着替えて、楓我さんの運転する車で神前駅へ。
神前駅で、紗雪や貴姫さん達、チーム仲間と合流すると他チームの子たちとも待ち合わせをして
神前セレモニーホールへと向かう。

献花開始までまだまだ時間は長いと言うのに、
すでにセレモニーホール周辺は黒服に身を包んだAnsyalのファンたちで埋め尽くされている。


会場であるセレモニーホールから続くファンの列は近くの河川敷まで続き、
河川敷にそって更にずーっと向こうまで続いている。

皆、列に並んだまま思い思いの時間を過ごす。


お通夜の時間が始まり、やがで26日が終わって27日へと日付がかわり、
寒空の中、思い思いの防寒具とカイロの力を借りて寒さを凌いでいく。

誰があげたのかわからない、花火が冬空に広がる。


そんな花火を見ながら夜を見送ると、冬の真っ暗な空がゆっくりと明るさをもたらしてくる。

その頃には、私たちが並ぶ場所よりもずーっと後ろまで献花の列が続いていた。
だけどその場所に、祐未の姿はなかった。

8時半、献花の列が始まった頃、祐未からの着信が入る。


「もしもし、祐未、何処にいるの?」

「ごめん……。
 私、行けなくなっちゃった」

「祐未……祐未は大丈夫?
 私、速報で知った日の夜から熱が出て大変だったの。
 祐未は?」

「私は大丈夫……。
 だから里桜奈はしっかりと私の分まで、お別れしてきて」

「あっ、紗雪とは話したの?」



『祐未ちゃん、先生がもう来てるから降りてきなさい』


電話の向こうで、祐未の母親らしい声が聞こえる。


「ごめん。

 紗雪にも伝えて。
 私、母が呼んでるから行くね」



そんな声の後、ブツっと電話が切れて私は携帯電話を鞄に突っ込んで
少し前に居る紗雪にも、そのことを伝えた。


8時半から始まっているであろう献花だけど、
集まったファンが多すぎて殆ど列が動かない。


河川敷からようやくセレモニーホールのある大通りまで移動出来た頃には、
11時に差し掛かろうとしていた。



先に献花を終えたファンからは音楽葬での演奏曲目とか、
告別式の進行具合とかの情報がひっきりなしに伝えられてくる。


12月27日11時半。
運命の出棺時間らしくTakaをのせているであろう霊柩車が私たちの前を通過した。
その霊柩車に向かって飛び出して、縋りつこうとするマナーのないファン行動も見られた。


出棺が終わった後も、献花の列は続く。
それから30分以上並び続けて、ようやくセレモニホールの敷地内へと足を踏み入れる。

関係者らしいスタッフさんが黒服のまま立って、ファン一人一人に献花の花を1輪ずつ手渡していく。


用意された献花台にはステージで演奏しながら笑うTakaの巨大パネルが姿を見せて、
Takaが実際に身に着けていたアイテムらしきものが飾られていた。



そんな祭壇を見ても……やっぱり私は実感を得ることなんて出来なかった。

ただ流されるように献花を終えてその場所を後にする。



27日の夕方。
チームの仲間と別れて、私は重い足取りで再び自宅へと帰った。



長い夜は……まだ明けない。
< 102 / 125 >

この作品をシェア

pagetop