「君」がいるから【Ansyalシリーズ ファンside】 

26.聴けない音楽



Takaの死。
祐未の自殺


慌ただしい年の瀬に飛び込んできた訃報は、
新しい春を迎えた後も、留まることはなかった。

三が日が過ぎて、全く連絡がつかなかった紗雪からようやく電話がかかってきた。



「もしもし」

「里桜奈……ごめんね。
 電話もメールも返せなくて。

 ちょっとバタバタしてた……」



そうやって紡ぐ紗雪の声からは、
かなりの疲労が感じられて何かがあったんだと推測する。


ふいに電話の向こうで、パタンと倒れ込むような音が聞こえた。



「紗雪?ねぇ、紗雪どうしたの?」


何度も話かけるも、紗雪の声は聞こえなくて暫くすると「紗雪っ」っと
朝日奈さんの声が聞こえた。



「もしもし」

「もしもし」

「里桜奈ちゃんだよな。
 空音だけど、紗雪ちょっと過労でダウンだな。
 後で電話かける」

「はいっ……。
 朝日奈さん、紗雪……お願いします」

「わかってる」



そう言うとプツリと音が切れた。





喉が渇いたのを思いだして、
自分の部屋から一階のリビングへと降りると、
テレビでは活動休止を発表したAnsyalの話題をしていた。


話題といってもマスコミがファンたちの後追い自殺についてを
社会問題として取り上げている放送だった。


若者たちにとってのカリスマ的存在の一人が亡くなった。



何度も回想シーンとしての映像編集の中で、
Takaの告別式の日の映像が流れる。


棺を乗せた霊柩車がセレモニーホールを出た時、
ファンが霊柩車に向かって飛び出していったあの映像が何度も何度もTVから流れ続けた。


視線を向けて、思わず目を背けると台所で冷蔵庫を開けてリンゴジュースをコップに注いだ。




そう言えば……小さい時から、ずっと体が疲れたなーって思った時は
優しい甘さのあるリンゴジュースがあったなぁー……なんて、
そんなことを思いだしながら不思議に思った。


リンゴジュースはずっとあったわけじゃなくて、
いつも私が疲れてる時にだけ、冷蔵庫に姿を見せていた。



もしかして……お母さん?




リビングでテレビを見ながら、
時折ちらりと私の方に視線を向ける。




『有難う……』ってたった、五文字のワンフレーズを伝えられたら……。
リンゴジュースを飲み干して深呼吸すると、お母さんの方に顔を向けて「有難う」っと言葉にしてみた。


その途端、お母さんは驚いたような表情をして笑い返す。

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