どうしてほしいの、この僕に
 フットワークの軽い西永さんが戸口まで来て高木さんの肩に手を回すが、その横をちっとも酔っていない守岡優輝が平然とすり抜け、私の腕をつかむ。
 えっと……これはどういう展開!?
「西永さん、未莉は僕たちが責任をもって送り届けますので。ごちそうさまでした」
 腕をぐいと引っ張られ、私は「あ、ちょっ……」と言葉にならない何かを発しながら店の出口へ連行された。気になって振り返ると、私たちをガードするように高木さんがすぐ後ろにいた。
 わけのわからないまま焼肉店を出て、店の前に堂々と駐車してあった車に乗せられる。車のドアが閉まったとき、やっと腕が解放された。
「どういうこと?」
 隣に座る守岡優輝を軽く睨む。彼は窓に肘をついてじろりとこちらを見た。しかし意外なことに、返事は運転席から聞こえてきた。
「送っていきますよ。申し遅れましたが、優輝のマネージャーの高木です。紗莉さんが事務所でお待ちです」
「えっ、姉が? 姉と知り合いなんですか?」
「紗莉さんには恩があるんでね」
 今度はつまらなさそうにしている隣の男が答えた。
「恩?」
「未莉」
「はい?」
 あの、質問にきちんと答えてもらっていないんですが。……っていうか、なんでいきなり呼び捨て!?
「僕のことは優輝って呼びなよ」
「はぁ!? なんで?」
「僕は『未莉』って呼ぶから」
 なんだろう、この人。言っていることがまったく意味不明なんですが。
 唖然としながら隣を見ると、彼は今日はじめて愉快そうな顔をした。通り過ぎる車のヘッドライトがつかの間、彼の魅惑的な表情を照らし出す。こうして多くの女性が彼の魔力の虜になってしまうのだろう、と思いながら私はためらいがちに口を開いた。
「わかりました」
「素直だな」
 急に伸びてきた手が私の頬をそっと撫でた。驚きのあまり息が止まる。その優しいしぐさが何を意味するのか考えたくても、彼の指が触れている頬に全神経が集中してしまってうまくいかない。
「優輝、俺がいるのを忘れてねぇか?」
 運転席から高木さんの呆れたような声が聞こえてくる。優輝は手をひっこめると小さくため息をついた。
「忘れるわけないよ」
「ま、未莉ちゃんがかわいいのは俺も認める」
 体のあちこちがむずがゆくなって、私は慌てて口を挟んだ。
「あの、私はかわいくないですし、それに、笑顔が作れませんし……」
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