どうしてほしいの、この僕に
 くるりと回れ右をすると、優輝のポスターが目に飛び込んできた。あっと思ったが、もう遅い。雄弁な瞳に一瞬で私の意識すべてが吸い寄せられる。
 無駄のないシャープな輪郭、スッと通った鼻梁、女性のように上品な唇。
 ひとつひとつを脳に刻むように見つめる。こうしていると私は彼を見つめるためだけに生まれてきたのだと錯覚しそうだ。時が経つのもどうでもいい。彼を見ているときだけ、本当の私が目覚めていられる——そんな気さえした。
 あまりにも真剣に見入っていたせいで、周囲への警戒心は薄かった。だから隣に人が立っていることに気がついた瞬間、驚いて声にならない声を上げてしまう。
「そんなに驚くこともないでしょう。彼と違って、僕はここの社員です。顔を合わせないほうが難しいくらいなのに、僕の顔を見た途端、悲鳴を上げられたら傷つきます。いったい僕にどうしろと言うんですか、未莉さんは」
 ここ数日ほとんど口を利かなかったのが嘘のように、ひと息にそう言った友広くんは爽やかな笑顔を私に向けた。だけど目は笑っていない。背筋が凍る。
「べ、別にどうもしなくていいです」
「未莉さんの敬語、新鮮でいいですね」
 うわっ、まずい。友広くんにまで敬語になってしまった。完全に友広くんのペースだ。どうにかしてこの場を脱出しなくては。
 しかし敵も心得たもので、いきなり私の腕をつかんできた。
「ちょっ、何?」
「訊きたいことがあるんです」
 友広くんは必要以上に接近し、余裕の笑みを浮かべた。避けようと思っても腕をつかまれているので1歩後ずさりすることすら難しい。
「もう知っているかな?」
 このセリフ、前にも聞いた!
 私は目を見開いて次の言葉を待つ。
「守岡優輝は大けがをしたらしいですよ。ドラマの撮影中にセットが倒れてきて、姫野明日香をかばっての負傷だとか」
「えっ!?」
 思わず大声を上げた。
 友広くんがニヤリとする。
「とっさにかばうくらいだから、本気で惚れていますよね。どうです、嫉妬しますか?」
 嫉妬——いや、そうじゃない。
 なぜここに姫野明日香の名前が出てくるの?
 あのとき明日香さんはふて腐れてスタジオから飛び出し、事故現場にはいなかった。それに事故後、ドラマ出演者は全員控室待機になったのだ。
 なのにどうして優輝が明日香さんをかばったことになっているわけ?
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