どうしてほしいの、この僕に
 叔父を恨む気持ちはとても語りつくせるようなものではない。でも当時高校2年生だった私がもう少し賢く立ち回れば家族の何かを守れたかもしれない、という後悔のほうが今は強い。
 すでに自立していた姉は、叔父に訣別を宣言し、大学へ進学した私を全面的に支援してくれた。けれども忙しい姉と同居することはなかった。私もできるだけ姉に頼らずにやっていこうと考えるようになっていた。他人に頼るばかりでは生きていけないと思い知ったからかもしれない。
 ご飯とみそ汁、それに豚肉と野菜の炒めもの、ほうれんそうのお浸し。ひとりぼっちの食卓にはこれでも豪華すぎるほどだ。私は小さなローテーブルの前で「いただきます」と手を合わせた。
 笑えない——そのことに気がついたのは両親の葬儀が済んでひと月が過ぎた頃だ。
 どんなに悲しいできごとが起きても、時が少しずつ心の傷を癒してくれるはず。もともと楽観的な私はそう思っていたけど、高校生という多感な時期に人生が一変してしまったせいか、私の心身は私の意志を無視して『笑う』という感情表現を断固拒否し続けている。
 だけど、この世界で笑わずに生きるのは困難だ。
 高校生になってから始めたモデルの仕事は、両親を亡くした後オファーが途絶え、就職活動につきものの面接では印象が悪かったのか、ついにひとつも内定をもらえなかった。
 笑顔さえ作れたらどんなに生きやすいだろう、と思う。本当は面白おかしくて笑いたい瞬間もある。それでも私の心と身体は笑おうとしない。
 私、いつまで笑わないでいるんだろう。
 会社で友広くんに言われたことを思い出すとため息が出る。性格を誤解されるのはかまわないけど、笑わないのをおもしろがって言い寄られるのは嬉しくない。このままだと生涯彼氏なんかできないのでは……。
 それは嫌だな。枯れていくだけって感じがして。
 私だって人並みに恋をしたいし、いつか誰かと素敵な家庭を築けたらいいなと思う。
 ふと、ずいぶん昔のことを思い出した。
 あれは私がまだ笑っていた頃だ。自転車に乗った年上の高校生に突然「送っていく」と言われて、はじめて男の人と並んで歩いた。ちょっとしたデートみたいで、すごくドキドキしたのを今も覚えている。
「君、この辺の子じゃないだろ。ここ、ついこの前、通り魔が出たんだ」
「通り魔!?」
「君みたいな子がひとりで歩くのは危険だぞ」
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