どうしてほしいの、この僕に
 見上げた彼の顔が、なぜか優輝の顔になっていて、私はご飯の塊をみそ汁の椀に落としてしまった。
 確かにその人は優輝並みの長身だったし、全体の雰囲気が貴公子っぽくて優輝に似ているかもしれない。
 でもあの人、眼鏡かけていたな。だからとっさに頭がよさそうだと判断したのだけど。
 あ、いや、別に優輝が頭悪そうに見えるってわけじゃないよ。むしろ頭や勘がいいから演技がうまいのだろうし、あの業界でそつなくやっていくには賢くないとダメだって思うから。
 ……ん? 私、誰に弁解しているんだろう。
 しかも生まれてはじめてのほのぼのロマンスが、今や優輝の顔でしか思い出せなくなっている。
 うわーん、どうしてくれるんだ。私の大切な思い出が上書きされちゃったじゃないか!
 今日の私は本当にどうかしている。会社で優輝のポスターを見たせい?
 ねぇ、どうして頬をさわったの。どうして頭を撫でたの。
 優輝のしたことに意味などないと言い聞かせても、わがままな私は一向に聞き入れようとしない。
 彼は明日香さんと付き合っている。それは事実なんだろう。あれからたったひと月しか経っていないけど、恋はきっと一瞬で落ちるもの。それを止めることなんか誰にもできやしない。
 箸を機械的に動かして夕食を終える。噛んでも噛んでも、味がしなかった。ひとりぼっちに慣れているとはいえ、味気のない食事はつまらない、と心底思った。

 その晩、私は不思議な夢を見た。
 見覚えのある街角で、私はぼんやり立っている。たぶん信号待ちをしているのだと思う。
 急に誰かが「あっ!」と大声を上げたので、私は驚いて首を回した。その途端、背後から腰のあたりにドンと強い衝撃が走る。
「え?」と言えただろうか。
 気がつけば私は地面に横たわっている。どうやら背後に停車していた車が、間違えて私のほうへバックしてきたらしい。
「大丈夫?」
 誰かが近づいてきた。顔を上げると、その人が私に手を差し伸べている。
「あのね、『あっ!』じゃわからないでしょ! 『あぶない』とか『ぶつかる』とか言ってよ!」
「ごめん。君にみとれていた」
「はぁ!? 何寝ぼけたこと言っているのよ! 人命がかかわっているのよ、人命が!」
 夢だから寝ぼけているのは当然だな、と頭の片隅でツッコミを入れつつも、叫んだおかげで胸がスカッとしていた。
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