どうしてほしいの、この僕に
 しかしそれがどうして私に恨みを抱くことに繋がるのか、まったくわからない。
「それで、彼女はここで何をしている? 和哉、お前はいったいどういうつもりだ?」
 社長が首を傾げながら問う。
「女優を記者会見の場から連れ去るとは、よほどの事情があったんだろうな?」
「サイラは柴田未莉さんを会見場で刺すつもりでした。現にここへ入ってくるなりナイフを振り回した」
 友広くんは冷静な口調で説明した。
「サイラは僕の弱みを握っていた。だから僕が彼女に逆らうことは難しかった。でも……」
 彼は一瞬私を見た。
「未莉さんに非はない。それにもし襲撃が成功したら、サイラが捕まるんだ。誰にとっても不幸な現実でしょう。僕はそんな現実、見たくない」
 ——それって……。
 竹森サイラを後ろから抱きしめるようにした友広くんの姿を見て、私は確信した。
 ——友広くんは彼女のことが好きなんだ。
「弱みって、優輝に脅迫文を送り付けていたことか?」
 高木さんが忌々しげに顔を歪めた。
「それもあります。でも、なにより、サイラは僕にとって大事な……姉、だから」
「……えっ」
 誰もが驚いた顔をしたけど、中でも一番は社長だった。
「俺は知らない!」
「知るはずないでしょ。知る前に捨てた女がその後どうなったかなんて、興味ないのも当然よ」
 竹森サイラが噛みついた。
 つまり彼女の母親は社長に捨てられた後で妊娠を知り、社長に知らせることなく出産したということか。
 そしてその後友広くんの母と——って、この社長の華麗なる女性遍歴、尋常ではない。その中に姉も含まれているのだ。背筋に寒気が走る。
「それは知らぬこととはいえ、すまなかった」
 社長が喉から絞り出すような声で謝罪すると、竹森サイラはツンと鼻を天井へ向けた。
「そんなこと、今さらどうでもいいわ。でもあなたが私の父親で、父親らしいことのひとつでもしてくれるっていうなら、私の好きな人を私にちょうだい。これまで何もしてくれなかったのだから、それくらいおねだりしてもいいでしょ?」
 ——ちょ、ちょっと待ってよ。
 竹森サイラは意味ありげに優輝に視線を送る。
「誰だ、その、好きな人というのは」
 額に浮かんだ汗を拭いながら社長が尋ねた。
 彼女はためらうことなくまっすぐに指をさす。
「守岡優輝」
 大広間の空気が凍り付いた。
< 212 / 232 >

この作品をシェア

pagetop