どうしてほしいの、この僕に
 私は人目も憚らず、優輝の横顔を凝視する。
 ——嫌だ。そんなの……嫌だ!
 予感はあった。彼女の言動が不気味だったのは、最初から私に嫉妬と悪意を抱いていたからだ。
 そうとわかっても、私だってここで引き下がることはできない。
 優輝は逃げることなく、竹森サイラの視線を正面から受け止めていた。
「ちょうどいい。竹森サイラさん、僕と取引しましょう」
 ——ちょっ、何を言い出すのよ!?
 私は思わず優輝の腕をつかんだ。
 でも優輝は竹森サイラを見つめたまま言った。
「僕が柴田未莉さんとのお付き合いを断念する代わりに、あなたは未莉に二度と手を出さない。……どうですか?」
 ——なによ、それ。
 胸の中で激しく暴れだした感情のうねりを封じ込めるために、私はひたすら深呼吸を繰り返す。
 ——そんなこと勝手に決めないでよ。私の気持ちはどうなるの!?
「いいわ。それであなたが私のものになるなら」
 竹森サイラは機嫌よく承諾し、私に挑発的な視線をよこした。
 だが、別の方向から「ちょっと待って」と声が上がる。
「申し訳ないけど、守岡くんは私に返していただきます」
 またもや立ち上がってそう宣言したのは、私の姉だった。
 成田プロの社長が慌てたように腰を浮かせた。
「どういうことだ」
「どうもこうもないわ。彼に対する悪質な脅迫が所属プロダクションの社長の息子によるものだとわかった今、そちらに彼を託すメリットはないと考えるのが普通じゃないかしら」
 姉は胸を張って主張した。
 優輝を物みたいに扱うのが気に入らないけど、姉のいうことはもっともだ。
「い、いや、それは困る。な? 高木くん」
「優輝にとって一番いい環境を、と考えるなら引き留めるべきではないと思いますね、俺は」
 飄々とした口ぶりで高木さんは応じた。
「おい、うちの人間のくせに君は……!」
「アンタ、息子を甘やかしすぎだろ。もともと俺は叔父さんのやり方が気に入らないんだよ」
「なんだと……!」
 内輪もめに唖然としていると、優輝がそっと私の手をつかんだ。さっきからずっと彼の腕にしがみついたままでいたのを思い出す。
 その手が優輝の腕から引きはがされた。
 彼は私の手を離すと、居住まいを正した。
「僕は紗莉さんの手を借りて世界へ活動の場を広げようと考えています」
「優輝……!」
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