どうしてほしいの、この僕に
「再来週のオフはどうするの?」
「え?」
 唐突な質問に驚いて、一瞬思考が停止する。
「1週間のお休みなんて久しぶりでしょ? まさかずっとダラダラ過ごすつもりじゃないでしょうね」
「いや……」
「その顔、本当に何も考えていなかったみたいね」
 さすがは姉。というか、毎日の仕事をこなすのが精一杯でオフの計画を立てるところまで頭が回らなかったのだ。
 ——でも1週間あれば、どこにでも行けるよね。
 なぜか急にそんな気がしてきた。
 そう思った途端、心の中に自分でも驚くほどの強いうねりが生じる。それは胸をぶち破って飛び出してきそうな衝動だった。
「決めた!」
「ん?」
 高木さんが目を丸くして私を見つめる。
「ちょっと海外旅行に行ってくる!」
「おお!」
 姉と高木さんの声が重なり、ふたりの顔がパッと明るくなった。
「1週間で帰ってきなさいよ」
 冷やかすように目を細めて忠告する姉を、私は笑顔のまま睨みつけた。

 海外旅行は10年ぶりだろうか。
 それもまさかひとりで旅立つことになるとは……。
 前日に連続ドラマの撮影が無事に終了し、約13時間のフライトの末ニューヨークに降り立った私は、大きめのキャリーケースを引きずり、空港出口に向かって歩いていた。
 当たり前だが、表示はすべて英語だ。不安になり、立ち止まって左右を注意深く確認する。
 ——こっちでいいのかな?
 きょろきょろしているうちに、黒縁の眼鏡がずり落ちてきた。
 ふぅと小さくため息をついたそのとき、不意に肩を叩かれた。
「どこ見てんだよ」
 驚いて振り向くと、グレーのTシャツに黒いジーンズ姿の優輝がすぐそばにいた。
 ——相変わらず気配を消すのが上手い。
 と感心した直後、鼻先に大きな花束が突きつけられる。
「ほら、これ」
「えっ、何!?」
「はい、やり直し」
 優輝は不機嫌そうに言い捨てると、花束をまた背中に隠した。
「セリフが違う」
 ——ん? これって、もしかして……。
 同じようなことが前にもあった、と脳をフル回転させて記憶をたぐり寄せる。
「ほら、これ」
 後ろに回していた手が優雅に弧を描き、私のほうへ伸びてきた。ガサガサと音がするのと同時に馥郁(ふくいく)たる花の香りが鼻孔をくすぐる。彼は左手をそっと添えた。
「えっ、これを私に?」
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