どうしてほしいの、この僕に
【番外編】優輝視点

#34 君が知らない僕のことなど(前編)

 その日は空の青が痛いほど澄んでいた。どこまでも高く、どこまでも広い空を見上げていると、眩暈のような感覚に襲われる。もし重力を無効にできるなら、俺は迷わず空にダイブするだろう。
 そろそろ夏がやってくる。北国の夏は短い。だから夏に向かうこの時期が一番好きだ。
 でも、夏が過ぎればまもなく俺たち受験生には試練の時が訪れる。そのことを考えだすと押している自転車がやけに重く感じられた。
 校門をくぐり抜け、同じ制服の群れが散らばった隙に自転車にまたがる。ちょっとした解放の喜びに浸って、緩やかに下る道を突き進んだ。
 いつもと同じ道。
 だけど俺には二度と同じ瞬間は訪れない。その証拠に、いつもと同じに見える道の向こうに、普段は見かけない茶系の制服を発見する。
 俺は無意識にブレーキをかけていた。
 遠目に見ても、その姿かたちの美しさは際立っていた。
 陽の光を浴びて彼女はきらきらと輝く。肩より長い髪が風で揺れた。
 横顔が判別できる距離まで来ると、俺はもうその人を直視するのが難しくなり、かといって無視することもできなくて、視線は落ち着きをなくした。
 ひざ丈のスカートから伸びる脚の形が特に美しいと思う。そこならじっと見ていてもかまわないだろう。だって彼女は俺を見ていないのだ。だけど、どうせ彼女が俺に気がついていないなら、やっぱり顔をよく見たい。
 と、そのとき、俺は思わず「あっ!」と声を上げていた。発してから自分の声の大きさに驚く。
 事もあろうに、彼女の背後に車がバックしてきたのだ。彼女のいる歩道の後ろは駐車場だが、歩道と駐車場の間に仕切りがない。俺が声を上げた次の瞬間、彼女は歩道に倒れた。車が慌てたようにギアチャンジし、駐車場を出て行く。俺は必死で車のナンバーを目に焼きつけた。
 何が起こったのかわからないのだろう。上体を起こした彼女は、車が急発進するのを茫然とした表情で見送った。
 俺は歩道にうずくまる彼女の手前で自転車を降りた。
「大丈夫?」
 そこでようやく彼女は俺のほうを向いた。大きな瞳が俺をとらえたかと思うと、突然挑むような目つきに変わった。
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