どうしてほしいの、この僕に
「あのね、『あっ!』じゃわからないでしょ! 『あぶない』とか『ぶつかる』とか言ってよ!」
「ごめん。君にみとれていた」
「はぁ!? 何寝ぼけたこと言っているのよ! 人命がかかわっているのよ、人命が!」
俺は差し伸べた手のやり場に困っていた。悪いことをしたという意識のない俺からすると、彼女の怒りを買うとは想像もしていなかったから、驚きのあまり思考がフリーズしたのだ。
しかし彼女はそこまで言うとスッキリしたのか、俺の手を取り、立ち上がった。握ったその手が自分よりもひと回り小さく華奢でドキッとした。
間近で見ると、遠くから見た横顔の印象よりもあどけなく感じた。たぶん年下だ。
控えめにいっても、ものすごくかわいい。ぱっちりした目を長いまつげが縁取っていて、派手ではないがどこか艶のある清楚な顔立ち。大人になったら相当な美人になる、と俺の直感が告げる。
胸が破裂しそうなほどドキドキする中、懸命に会話の糸口を探した。
「さっきの車、ナンバー覚えているけど、警察に連絡する?」
「警察?」
彼女は怪訝そうに眉をひそめた。
「だって、君、車にひかれたよね?」
「そんな大げさなことでもないですよ。運転手はおじいちゃんだったし、私もけがをしていないし、大丈夫です」
「え、……そう?」
俺に怒鳴ったときとは別人みたいに丁寧な言葉遣いをする彼女に、俺は戸惑った。
なんなのだ、君は。
「ええ、ほら」
そう言って、彼女はスカートの裾を持ち上げた。膝小僧には赤く擦れた痕があるものの、確かに軽傷だ。俺はそれだけ確認すると、すぐに目をそらした。
「それならいいけど……これからどこへ行くの?」
自分で発したセリフに、まず自分が驚いた。
彼女は俺を横目で見て、少し首を傾げた。
「そんなことを聞いてどうするんですか?」
「君、この辺の子じゃないだろ。ここ、ついこの前、通り魔が出たんだ」
これは嘘ではない。かつてこの辺りは活気のある商店街だったが、今は昼間もシャッターの降りている店が多い。今、彼女の背後にある駐車場も、以前は商業ビルが建っていた場所だ。人通りも減った。それに追い討ちをかけるように通り魔が通行人を襲ったのだ。
幸い負傷者も傷は浅く、犯人はその場で取り押さえられた。大惨事にならなかったので、この話題はすぐに消えた。だが、この周辺の治安は悪くなっている、と誰もが認めざるを得ない事件でもあった。
彼女は素っ頓狂な声を上げた。
「通り魔!?」