どうしてほしいの、この僕に
 私は頭上から冷水を浴びせかけられたような気分で優輝を見返した。
 そっか。それで姉は来てくれなかったんだ。今回も、また……。
 両親を亡くした火災のとき、姉は仕事で日本を離れていた。だからすぐに駆けつけられないことも理解できたけど、今回は違う。たぶん来ることができたはずなのに、来なかったんだ。
 唯一の肉親である姉は、焼け出された妹を赤の他人の優輝に押しつけて男と一緒にいるわけで——。
 もし私が普通に笑えるなら、思い切り笑いとばしたいけど、あいにくそれもできない。
「だから未莉はおとなしく俺の言うことを聞くしかない、だろ?」
 そうなのかもしれない……けど。
「あの、優輝は……いいんですか?」
 私なんかを居候させて、優輝になんの得があるだろう。
 姉からこの部屋の賃料を割引してもらえるとか?
 でも私の何十倍、いや何百倍も稼いでいるはずの優輝が、賃料の割引なんかに釣られるとは思えない。
 ただの厄介者を引き受けようとしている優輝の狙いがわからないから、私はその厚意を受け取っていいものか戸惑ってしまう。
「何が?」
「だって優輝には、その……彼女とか、いるでしょうし……」
 姫野明日香と熱愛発覚——と会社で友広くんが言っていたのを思い出し、目の前が暗くなる。まさかその日のうちに張本人に噂の真相を問いただすことになるとは、ね。
 だけどこれって大事なことでしょう。彼女がいるのに私を家に置くなんて、絶対にやってはいけないことだと思う。
「つまらないこと気にすんな」
「え、でも」
 それって問題発言じゃないですか。彼女がいるか、いないかは、つまらないことなんかじゃない。
 しかし優輝の口からは、まったく予想外の言葉が飛び出した。
「俺、誰とも付き合う気はないから」
「……そ、そう……なんだ」
 なぜか私の心が激しい衝撃を受けてズキンと痛む。
「これで気兼ねせずに俺と一緒に寝れるな」
 私の動揺など知るよしもない優輝は、私を引っ張るようにして寝室へ入っていく。それからベッドのふとんをめくると、茫然としている私をひょいと横抱きにした。
「疲れただろうから、ゆっくり休め」
「うん」
「素直だな」
 シーツの上にゆっくりと降ろされた。ベッドに横たわってみると急に眠気が襲ってくる。
「やっぱり疲れていたみたい」
「当たり前だ。安心して寝ろ」
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