どうしてほしいの、この僕に
 童話なんて幼稚園児の頃に読んだきりで、笑わない姫の話は残念だけど記憶にない。それに私は『笑わない』わけではなく、笑えないのだ。……と脳内で力説してみたが、どちらも同じような気がしたので、ふぅと息を吐く。
 そのとき、いきなり優輝が私の腕をつかんだ。正確には、パジャマの袖を、だ。
「これ、色気ねぇな」
「そりゃ優輝のパジャマですからね。というか長い間お借りしていてすみません」
「未莉のパジャマはどうした?」
 うっ、あの色あせたピンク色の安物ペラペラパジャマのこと?
「あれは……その、恥ずかしいので洗い替えに……。でも私のパジャマ姿に色気を求めるのは間違っていると思われます」
「ま、それもそうか」
 あっさり納得されるのもなぜだか腹が立つ、とひそかに口を尖らせたところで、優輝が短く「風呂」と言い捨て廊下へ消えた。
 私はローテーブルの上に残された食器を茫然と見つめる。つまりこれは私に洗えということですか。
 居候の身だから当然かもしれないけど、さんざんからかわれた挙句、食事の後片付けまでさせられる私って、冗談ではなく本気でご主人様のメイドなのか。
 それにしても姉と優輝が『女王陛下と下僕』なのに、姉妹で立場が正反対とはいったいどういうことだ。
 悪魔みたいな姉のことだから、何か優輝の弱みを握っているのかもしれないな、なんて思いながらキッチンに立つ。とはいえ、いくら女王様な姉の前でも、優輝が簡単に隙を見せるとは考えにくい。
 結局、姉と優輝の謎は深まるばかり。
 まぁ、別にどうでもいいことなんだけどね。だって優輝は私をからかっておもしろがっているだけのひどい男だから、さ。

 そして今夜もそのときがやってきた。
「寝るぞ」
 ええ、寝ますとも。しかしこの前は火事の直後で疲れていたから眠れたけど、今晩はそういうわけにはいかない気がする。
 とぼとぼと優輝の後について寝室へ向かう。優輝は明日だけオフらしいけど、私は仕事にいかねばならない。
 眠れなかったらどうしよう。
 ベッドの前まで来た私は、まるで死刑を執行される直前のように蒼ざめていた。
「普段から無愛想だけど、それにしても顔色悪くないか?」
 さすがに優輝も私の様子が変だと気がついたらしい。ひとこと多いのがむかつくけど。
「いいえ、早く寝ましょう」
「今夜はずいぶん積極的だな」
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