どうしてほしいの、この僕に
 柔らかそうな長い前髪、強い意志を秘めた眉のライン、長い睫にふちどられた美しい瞳、これ以上ないほど優美なカーブを描く鼻梁——いつまでも見つめていたいと思ってしまう彼の横顔。きっと彼は神々から愛された人なのだ。そうでなければどの角度から見ても完璧な造形なんておかしいもの。
 なにげなく真横にある鏡を覗き込んだ。いつもどおりの無愛想な私が、不細工なできそこないにしか見えず、不意に泣きたくなった。
 それからテーブルに並ぶ夕食に目を戻し、また時計を見る。
 食べてしまおう。優輝の帰宅を待っていたら、いつになるかわからないもの。
 ひとりの食事は慣れている。なのに、なぜか今夜は、箸を手に取るまでしばらく時間を要した。

 翌朝、目が覚めた私は広いベッドの上に自分しかいないことを確かめ、飛び起きた。私の隣が冷たいことについてしばらく考えを巡らせて玄関へ向かってみたが、取り残されたように私の靴だけがポツンとそこにある。
「帰ってこなかったんだ」
 誰もいない部屋で私はひとりごちた。
 真夜中まで撮影が長引いたのかもしれない。そういう仕事なのだから仕方がない。大変だな、と思いながらキッチンへ向かう。途中で通勤かばんに入っている女性週刊誌の存在が気になったけど、あえて意識から遠ざけ、出勤の支度に励んだ。
 いつもと同じ時間に駅に着き、何も考えず習慣で同じ車両に乗った。吊り革につかまり視線を上げて、あっと思う。昨日と同じ場所に女性週刊誌の広告がぶら下がっていた。
「明日香と守岡、深夜の密会」
 心臓に針が刺さったような痛みを覚えて、思わず顔をしかめた。あれはでっち上げられた記事で、昨晩優輝が帰宅しなかったのは仕事のせい——呪文のようにそう唱えて広告から目をそらす。
 電車を降りて早足で会社へ向かった。友広くんの影を見かけずに自分のデスクへたどり着き、ホッとしたところで、後ろから誰かにポンと肩を叩かれた。
 驚いて振り返ると、40代半ばの女性社員、谷本さんが満面に笑みを浮かべて立っている。
「柴田さん、聞いた!?」
 私は興奮気味に話し出す彼女の顔をまじまじと見つめた。
「あの、なんの話でしょうか?」
「今日の午後1時、どえらいお客様が来るのよ!」
「ああ、お偉いさんが来るそうで」
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