強引上司がいきなり婚約者!?
私は潔く負けを認めることにして、テーブルの上に置かれたボールペンを握った。
軽く息を吐き、兎川さんの名前の隣に自分の名前をサインする。
私が名前を書き終えたのを確認すると、主任はサッと契約書を取り上げた。
「契約成立だ」
ご満悦の表情の兎川さんがテーブルの向こう側から右手を差し出してきたので、私もそれに応じて握手を交わす。
これから私たちは、お互いの仮初めの恋人になるらしい。
私は握った手を見つめながら神妙な面持ちで頷く。
すると次の瞬間、そのままグンッと手を引っ張られて、慌ててテーブルに片手をついた。
「きゃっ」
目の前に兎川さんのネクタイの結び目がスッと迫り、あっさりとした柑橘系の香りが鼻先をくすぐる。
それから軽いリップ音と共に、額に甘く柔らかな感触が押し当てられた。
私は呆気に取られたまま、熱を持ったそこを片手で押さえる。
ポカンとしながら恐る恐る顔を上げると、兎川さんがイタズラを成功させたみたいに嬉しそうに笑い、繋いだ手に力を込めた。
「よろしくな、俺の仮想花嫁さん」
私ってば、もしかしたらとんでもない罠にハマってしまっているかもしれない。
心のどこかでそんな予感がしたけれど、今さら契約を撤回するなんて、到底ムリな話だった。