伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「……」

クレアは息を飲んだ。

言葉が出なかった。たとえ出たとしても、何も言えなかっただろう。

ライルの顔を見ることも出来ず、握り合わせた手元に視線を落とす。

「父は死の直前に俺に全てを語った」




ライルの父親は妻を溺愛してしたが、嫉妬深くもあった。外出先やパーティーで少し親しく話をしただけの紳士との間に何かあるのではないかと疑い、帰宅する度に妻を責めた。彼女が否定しても泣いて身の潔白を訴えても信じず、その執拗さは徐々に増していった。

「たまに罰と称して、部屋に閉じ込めて一歩も外に出られないようにしたこともあったらしい。その頃の俺は、母も体調が悪くて部屋から出て来られない時もあるんだな、と軽く捉えていた。……その中で何が行われていたかは、子供の俺には分からなかっただろうけど」

母親は自分の夫を恐れるようになり、次第にそのストレスから、心と体のバランスを崩していった。

「母は、日に日に精神を病んでいって、安定剤と睡眠薬が手放せなくなったんだ。父は、変わり果てた母を俺に見せたくなかったらしい。……そして、あの日……母は、自ら命を絶った。睡眠薬を大量に飲んで」


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