伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
……そんな……。

クレアは胸が締め付けられそうだった。七歳の少年の心に、母の死はどんなに悲しい影を落としたことだろう。

「突然の心臓発作だと……医者が言っていた。どんなに苦しかっただろうと、二年ぶりに対面した母の顔は……意外にも、少し微笑んでいるように見えて……まるで穏やかに眠っているようだった」

ライルは話す間、前方の壁をじっと見ていた。だが、その瞳には何も映していないような、虚ろな眼差しだった。

「それから、父は俺を避けるようになった」

「えっ……? 」

クレアは驚いてライルの方を見上げた。

「残された大切な……家族なのに……?」

「俺の髪と瞳の色は、母親譲りなんだ。俺を見ると、母のことを思い出して辛いんだろう、と……子供心に感じていた」

クレアは、すぐさま、ライルによく似た女性を想像してみた。

もう会うことは出来ないが、分かる。絶対に美人だ。

「……それから、俺と父はろくに会話もしないような状態だったよ。数年後、父が病に倒れて歩けなくなった。そして、十五歳の時、久し振りに父の寝室に呼ばれた。……そして、母の死の真相を聞かされた」

「……真相って……?」

クレアは胸騒ぎがした。

「母は、心臓発作で亡くなったんじゃなかったんだ」

ライルは少し黙り込んだ。それは、自分の気持ちの荒れを整えるための時間だったのかもしれない。



「母は、本当は……自ら死を選んだんだ」



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