伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
……私、ライル様に、まだお返事してないんだったわ……!

クレアがその事に気が付いたのは、帰りの馬車の中だった。

ライルからの告白を受けて、かなり日が経過している。事件があったり、開店の準備に終われたりで、ライルには申し訳ないが、しばらくの間その事に意識が向いていなかった。

ライルは何も聞いてこないし、これまで通りに優しくクレアに接してくれている。だが、そろそろ返事をしなければ、温厚な彼でも、そろそろしびれを切らして来る頃なのではないか。

気持ちの答えは出ている。ただ、今のままの自分ではライルに相応しい存在でないことが、とても歯がゆくて、もどかしい。

……私、まだまだ努力が必要だわ。でも、気ばっかり焦って、何をしたらいいか、わからない……。これからのことも含めてライル様に話してみよう……。





屋敷に戻ると、ライルはまだ帰っていなかった。髪の毛をほどき、ドレスに着替え、一息ついていると、晩餐の用意が出来たとローランドが知らせに来た。

誰もいない食堂の席に着き、テーブルの上に視線を落とすと、クレア一人分の食器しか用意されていない。

「……ライル様は……?」

横で、食前のワインを小さなグラスに注いでいるローランドに、尋ねる。

「旦那様は、お帰りが遅くなられると、連絡がございました」

「そう……」

ブラッドフォード家の一流コック達が腕を振るう料理は、どれも美味しくて、クレアの舌をいつも楽しませてくれる。今日も確かに美味だったが、やはり少し寂しさの残る夕食だった。





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