伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
その後、クレアは自室に戻り、ジュディが入れてくれたハーブティーのカップに口をつけていると、別のメイドが部屋のドアをノックした。
「クレア様、旦那様がお戻りでございます。お出迎えなさいますか?」
「ええ、もちろん」
クレアは急いで階段を駆け下りると、玄関ホールに入ってきたばかりのライルの姿があった。
「ライル様、お帰りなさいませ」
「ただいま」
ライルはいつも通りに、クレアの頬にキスを落とす。このドキドキと胸が高鳴る感覚が、いつの間にか心地よくなっている。
顔を上げると、ライルの優しい顔があった。だが、その表情には少し疲れが入り混ざっているような気がする。
……今日はすごくお疲れみたい……また、話は今度の方がいいかしら……。
クレアが躊躇していると、ライルの方から声が掛かった。
「クレア、話があるんだ。後で書斎に来てくれるかな?」
そう尋ねたまま、ライルはクレアの返事を待たずに、そのまま階段を上がっていった。
そろそろ訪ねてもいい頃かもしれない、とクレアはライルの書斎の扉をノックした。
……プロポーズの返事を聞かせてくれ、って言われるかもしれないわ。大丈夫、ちゃんと、自分の気持ちを伝えよう……でも、でも、すっごく恥ずかしいんだけど……!
一人葛藤していると、ライルの返事が聞こえてきたので、緊張しながら中に入る。
「遅い時間にすまなかったね」
ライルはクレアを迎えると、執務机の前に置いてあるソファーにクレアを座らせた。その横に、自分も腰を掛ける。
「……そ、それで、ライル様、お話とは……?」
変な緊張で、上手く舌が回らない。
「ああ……」
だが、ライルの声がいつもより低くなったのをクレアは感じた。その少し重々しい雰囲気に、話の先が分からず、クレアは不安を覚えた。
「鉄道事業で、現地に視察に行くことになったんだ。……しばらくこの家を留守にするになる」
「……え……?」
「少なくとも二ヶ月はかかるだろう」