伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約

男達が去った後、屋敷は再び静けさを取り戻した。

「あの、シルビア様……」

クレアが声を掛けると、シルビアはゆっくりと振り返った。先ほどまでの威厳に溢れた険しい表情は嘘のように消え、柔和な笑顔を浮かべている。

「クレア、お久しぶりね」

「はい。シルビア様……どうしてここに……?」

「お店がまたお休みだと聞いたの。それで、たまたま様子を見に来たところだったのよ」

「そうだったんですか……。助けて下さってありがとうございました。シルビア様、お体の具合はよろしいのでしか……?」

「あら、まあ、この子ったら。こんな時に他人の心配なんてしなくていいのよ」

シルビアはクレアの頭をゆっくりと撫でた。

「可哀想に、酷いことをされて……痛かったでしょうに」

シルビアの手が温かくて、クレアは涙が溢れそうになるのを、こらえた。

「……いいえ……ライル様を待つことに比べたら、こんなの、痛みでも何でもありません」

「そう……。あなたは、本当にライルを心から想っているのね」

シルビアは微笑む。

「ライルはきっと帰ってくるわ。あなたがこんなに待ち続けてるんだもの。それに、ライルは私の孫娘の幼なじみだったから、昔からよく知ってるの。外見は優しそうで繊細そうだけど、中身は結構しぶといのよ。例え海の底からでも、這い上がってくるわ」

ライルを、しぶとい、と表現されたことにやや驚いて、でも何だかおかしくて、クレアの心は少しだけ軽くなった。

「まだ一週間よ。希望を持って、信じて待ちましょう。私も祈ってるわ」

「はい……!」

シルビアの言葉に、クレアは何度も何度も頷いた。


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