伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
アディンセル邸に戻って、メイドの手を借りてドレスとコルセットを脱ぎ、寝着に袖を通すと、緊張から解放されてそのままベッドに潜り込んだ。

疲労からか急激に襲ってくる眠気で、もうろうとした意識の中、クレアは思った。

もう絶対に舞踏会だの夜会だの、そういった集まりには行かない。

やはり、自分には場違いだ。今後、レディ・シルビアから誘われたとしても、きちんと心境を説明すれば分かってくれるはず、と。



今朝は普段より遅く目が覚めた。深い眠りについたのに、すっきりしない。不慣れな場所で、よほど疲れていたのだ。

店主はクレアなので今日は店を臨時休業にすることは可能だった。でも、起きてからというもの、ふとした瞬間に、ライルの端正な顔と優美な振る舞いを思い、頬が熱くなるたびにハッと我に返り、頭を横に振った。

昨夜は魔法にかかったのだ。たが、それはもう解けてしまった。

彼は自分とは別世界の人間だ。この淡い想いに決して名前を与えてはならない。

クレアは現実世界に戻るため、まだ眠い体を引きずって、店に出た。

店内に入ると、いつもの見慣れた光景にホッとし、やはりここが自分の居場所なのだと再確認する。

それでも時々、クレアの意志とは関係なく甘い感情は心を訪れ、それを振り払うように彼女は黙々と開店準備に専念した。

すると突然、

ガラランッ!!

ドア鈴の音がいつもの数倍けたたましく鳴り響き、店の扉が勢いよく開いた。


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