この想いが届くまで
 未央が新しい職場へと転職してきてもうすぐ二か月になる。忙しくあっという間に日々が過ぎ去っていった。

 新人扱いをされるのはほんの数日だった。社内向けの情報を発信する社内広報を一人で任されるようになったと思ったら、今は同時にメディアの取材対応の原稿チェックなどもこなす。慌ただしくも充実した毎日を過ごしていた。

 配信前の社内報の最終チェックをしながら、ふと目に留まる文字。会社の海外に向けた事業発展のプランと展望について語られた文字が並び最後に記された、社長、西崎の文字。

 最終面接の日以来、顔を合わせることはおろか、すれ違うことも、姿を見かけることもない。まるで住む世界が違うかのよう。社長の自宅に行ったのは夢だったのではないか、もっと言うと、抱き合ったあの夜は自分の妄想なんじゃないか、そんな気さえしてくる。

 彼に最後にあった日以来、あのバーにも行っていない。一人で飲みたい気分になることもないし、前の職場が近いあの場所はおもわぬところで会いたくない人物に出くわしてしまうことが実際にあったから。もうあのバーて立ち寄ることもないだろう。

 この一年本当にいろいろなことがあった。時の経過とともに思い出すこともなくなる。思い出になることもない。そう思っていた。

「槙村さーん、年内のスケジュール一部変更になったところあるからチェックしといてくれる?」

「わかりました」

 告げながら、先輩が速足で外出していく。

 季節は冬になり、年内にこなさなければいけない業務に部署内は日に日に慌ただしくなっていく。未央は気合を入れるように髪をひとつにまとめあげると、背筋を伸ばしてパソコンに目を向けた。
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