この想いが届くまで

02 ほろ苦い夜

 腰を下ろすと柔らかいベッドの感触。あぁ、ホテルに着いたのだとぼうっとする頭の片隅で思った。ふわふわとした感覚の中、なんとか座ったまま深く項垂れていると上から声が降ってきた。
「だいぶ酔ってるな。起きたら記憶がないなんてこと、やめてくれよ?」
「ふっ……」
 未央は俯いたまま笑みを浮かべた。
 男の指先が自分のコートのボタンをはずして行く様をじっと見ていた。そして二人分のコートをベッドから少し離れた位置にあるソファの背もたれに投げるようにしてかける。
「社員証、か。首から提げたまんまになってるぞ」
 自分の社員証が首から抜きとられて行く様もじっと見ているだけ。男は同じように社員証もソファの上へと投げるとゆっくりと未央の体を倒し覆いかぶさった。じっと未央を見据える男のどこか挑発的な視線に応えるように未央は男の首に腕を回した。
「なんか色々どうでもいい。優しくしないでね。……めちゃくちゃにして」
「いいよ」
「あなたの名前教えて?」
「好きな男の名前を呼べばいい」
「え?」
「君の好きな男の名前だよ」
 身をかがめてあと少しで唇が触れそうな距離までぐっと顔を寄せてくる。
「……遠藤君」
「下の名前は?」
 未央はそっと目を閉じた。
「……陽一」
 消えそうなほど小さな声で呟くと、首筋に顔をうずめた男の唇の熱を感じた。
 キス、しないんだ。瞬間的にそう判断した未央の口元には笑みが浮かんでいた。優しくしないでと言ったのは自分だ。行きずりの相手に余計な情が沸かなくて済む。未央にとっては都合がいい。
 未央の身に着けているニットやインナーを一気に引き上げ腕を上げた未央の身体からはぎ取るように脱がし床へと落としていく。
「……んっ」
 下着を押し上げ体に指が触れる。感じた未央が身を捩ると、空いた手がスカートのファスナーを下げた。そして未央の身体に舌を這わせながらスカートとストッキングを下ろしていく。
 全身は熱を持って赤く火照り、酔いで力の入らない未央の脚を開くと敏感な場所に指を滑り込ませた。すると反射的に未央の脚が閉じようとするが、男が間に足を割り込ませそれを阻む。
「……お願い、入れて? ……早くっ」
 未央が浅い呼吸を繰り返しながら訴えると、男は身体を起こし自分の身に着けているものを脱ぎ捨て未央の身体に残っているすべての下着を取り去った。そしてベッド脇に置かれた避妊具を手際よく自身に取り付けるとゆっくりと未央の中へと沈めていく。
 愛撫もそこそこに、すべてを受け入れるのにはまだ早いそこはきつく、目を閉じたままの未央の表情が歪む。それを見て男が力を緩めると未央は求めて相手の腕を強く掴んだ。
「いいから、やめないで……!」
 男は息を吐きながら肘をつき未央に身を寄せた。そして一気に奥まで押し入ると未央の口から声が漏れた。
「……あぁっ!」
 未央にとって久々のセックスは痛みを伴うものだった。
 痛みと、その他様々な感情が入り混じって開いた瞳からは涙が流れた。その涙を男の指が拭い頬を撫でた。目は別のところに向けられていて合わなかったけれど、自分の心情を思い心痛している表情に見えた。そしてそのままきつく未央を抱きしめた。
 優しくしないでって、言ったのに。
 未央は心の中でそう呟くと同じように腕を伸ばして目の前の身体に強く抱きしめた。身を貫かれる感覚に耐え、それが快感へと変わっていく。上りつめて男が果てると同時に視界が白く弾けて意識を手放した。

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