愛と音の花束を
シンとした部屋に、2人きり。

いつも人でぎゅうぎゅうの練習室が、がらんとしていると、やけに広く感じる。

私は奥歯を噛み締めそうになり、思いとどまって、頬の内側のお肉や唇の内側を軽く噛んだり。

だって。
バカみたいにドキドキするんだもの。

彼はそんな私を見て、微笑んだ。
不本意ながら、気持ちは見抜かれているらしい。

「どうぞ?」

那智は背もたれがないベンチタイプのピアノ椅子の端に移動し、私を呼んだ。

私はどんな顔をしたらよいか悩みつつ、隣に並んで座った。

ベンチタイプとはいえ、那智の身体は大きいので、それほど余白はない。
ほぼぴったり身体がくっつく形になる。

ますます身体の温度が上がった。

「こら、口の中を噛まない」

那智の手が横から伸びてきて、私の頬を親指と中指で挟んだ。

途端に、ビリっと電流が走ったと錯覚するほど、幸福感が私の身体を駆け巡った。

頭を抱えたくなった。

この先、もっと関係が深くなったら、いったい私はどうなってしまうんだろう?

那智は手を離し、

「文句でも何でも、率直なご意見をどうぞ」

と、優しくも真面目な声で言った。

私は照れ隠しに一気にまくしたてる。

「三神君のヴァイオリンも真木君のチェロも早瀬先生のピアノももっとちゃんと聴きたかったのに誰かさんのせいでまともに聴けなかった」

那智は、あはは、と笑った。

「それはごめん」
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