愛と音の花束を


1月、年明けの営業を始めて数日。
すっかり日常モードに戻った。

今日は太陽が穏やかに輝き、風もなく、冬の寒さが緩んでいる。
時間はお昼どき。
午後は外に出る仕事はないし、お客さんも少ない。

私は手早く花束を作って、長谷川さんと親に声をかけた。

「お昼、ちょっと出てくる」




向かった先は、家の近くのお寺にある墓地。
今日は誰もいない。

三神家之墓と書かれたお墓。

そう。コンマスのご両親が眠るお墓だ。

その花立てに、持参した花束を供えながら、思い起こす。

コンマスのお母様・三神さんと出会った頃の私と比べたら、だいぶ進歩したかな、と。

ヴァイオリンの腕はましになったし、
楽譜の初見もきくようになったし、
指揮もわかるようになった。

コンミスを受諾することに対して邪魔しているのは、私のちっぽけなプライドだけだ。

三神君と比べられたら嫌だな、とか。
指揮者とソリストとオケの間に挟まれたら、うまくとりなせるだろうか、とか。
個性的な年上の方々に意見されたら反論するの大変だな、とか。
みんなの前でチューニング失敗したらどうしよう、とか。

あー、小さくて恥ずかしい。

三神さんは旦那様を亡くされてからオケは辞められたけど、お墓参りの時に花を買いに店に寄ってくれていた。

『人生に迷った時には、お墓参り。オススメよ。亡くなった人にいつでも見守られていることを感じて勇気をもらえるし、人生いつ終わりが来るかわからないから、後悔しないようにちゃんと生きようと思えるし』


お線香をあげ、手を合わせて、目を閉じる。

……だから今日、ここに来ました、三神さん。

私に、少し、勇気をください。

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