カナリア

愛して9

「ご飯はやっぱ難しいかー。」


「あ、でも、このミネストローネはいけるかも。俺、果物とか野菜ジュースは好きだから。」


「あ、そうなんだ。でも、色んな物を食べられる様にならないと大変だよね。」


「うーん……そうだね。

でも、心配してないかな。」


「心配、してない。

そ、そうだね!困ったら点滴とか。」


「いや、そうじゃなくて……

その内、食べられるような気がする。」



「……そっか。」


確かに文太君なんだろうが。


少し、雰囲気が変わったなと思う。


統合、の所為もあるのかもしれないが、でも大きくは文太君だ。


なんというか、前は子供っぽいところがあるアンバランスさが、彼のおもしろい所であったが、若干落ち着いたというか……。


大人になったというのだろうか。

(そんな事を思うのも失礼だが。)


「ご馳走様。美味しかった。今度は俺も手伝うよ。」


「あ、本当に。ありがとう。」


「片付けるからゆっくりしてて。」


「うん。」


外食だと残してしまった時に勿体無いから、と。家で作ってあげる事にしたが……。


皿を洗って片付けをしている文太君の後姿を見て

なんだか、これは、あれだ。

そう、同棲している気分だ。


ドクンと心臓がはねて、
指先までもが意識し始める。


そうだ、

もう用事も済んだし、帰ってしまおう。

心臓の早鐘に耐え切れなくなって、
逃げ出したくなる。


いや、逃げよう。


「あれ?帰るの?」


「あ、うん!」


「そっか。送る準備するから待ってて。」


「ん。準備?」


―――……ってきゃああ!


後ろから、抱きつかれたと思ったら

そのまま世界が反転する。

驚いて抵抗する間もなく、

ソファーに押し倒されたのを知った。


「ぎ、ギャー!」


「ぎゃーって。」


いきなりの事でジタバタ抵抗した……が。

ビクリとも動かない身体にビックリした。

文太君の力強さにも。

今更だが、男女の力の差を目の当たりにして、
文太君を見上げると

満足そうに、意地悪そうに、口角をあげていた。


「思い知った?」


「う、動かない、ね、これ……。」


「だから、あまり抵抗して煽らないで欲しいな。」


「あ、あああ煽る!?」


心臓が、バクバクはねて五月蝿い。


多分、いきなりの事で脳が追いついていない所為だ。文太君のまっすぐな瞳とぶつかって、更にはねる。


「……っ。」


こうなるのが分かっていたから、早く帰りたかったのだ。

息苦しくて、自然と呼吸が荒くなっているのに気づいた。


「顔、真っ赤。風邪?」


「か、風邪かもしれない、ので、早く帰らせてください。」


「風邪だと、大変なので介抱させてください。

……。

鈍い、わけじゃないんだよね。

カナってさ、迫られるの苦手だよね。」


「えっ」


「追う方が好きなのかな?

そうだよね。そうじゃなきゃね。

俺達みたいな面倒なの追ってきたりしないよね。」


「ぶ、文太君、あの、ち、ちかい。」


「そりゃ、迫ってるので。
俺はこういうの嫌いじゃないもん。」


「あああ、あの……!こ、こういうの良くないんじゃないでしょうか。」


「そうかな。何のためらいもなく、家に上がり込んじゃうカナが悪いんだよ。」


「待って駄目駄目駄目!」


「んー。流されておけばいいんだよ、こういうのは。」


「流されたくないな、文太君との関係は。」


「そっか。




好きだよ、カナ。

付き合って。」



「……。」



冗談の様な流れの告白だったが、
瞬きをほとんどしない、

力強い眼光は怖い位に真剣な色を宿していた。

もっといい言い方があればよかったのだが、
蛇に睨まれたカエルの気持ちだ。


文太君が言っていた様に、

多分、きっと、迫られるのが苦手なのだろう。


怖いというわけではないのだが、

魂のような情熱をぶつけられて、

どうして良いのか分からず怯んでしまう。


元々の性分と経験値がないからだった。


本当に風邪を引いたのかもしれないくらいに、耳まで真っ赤だ。

言葉を発せなくなる位に上がってしまった私をみて、文太君が笑う。



「……違うな。


……。


愛して。」



ずるいな、って思った。


結局は文太君の手の上で転がっている。
まだそれがむず痒く慣れないだけだ。



「俺を、捨てないで。」



固まっていた肩から、力が抜ける。
抵抗していた腕も諦めて放り投げた。

降参だ降参。

自分が思っている以上に意識しているのだという事を思い知らされる。


「返事は?」


「うん。好きじゃなかったらココまで構ってないんだと思う。」


「それで?」


「……っ!!!!意地悪!!!」


「えー。俺だけってのは不公平じゃない?
俺も安心したいじゃない?」


「……っ!っっ!!私も文太君が好きです付き合ってください!!!」


「はい、よく出来ました。」


「待って、文太君。顔近い。」


「大丈夫、キスだけ。」


「キ、キスはするんだ!」



そういって、強く抱きしめた。

ひとのぬくもりを確かめるような

優しい物じゃない。

全体重を掛けて、存在を確かめるような、


いや逃げ出さないように拘束、

そんな風にも取れた。


顔は見えないが、

もしかしたら泣いているのかもしれない。



愛して、捨てないで、

悲痛な叫びの様にも聞こえて。


大丈夫だよ、ここにいるよ、愛しているよ。

少しでも安心させてあげたくて、
私は、ゆっくりと背中を撫でていた。

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