桜の花びら、舞い降りた
過去と未来の交錯


薄いブルーの空の元、少女が両手をめいっぱい伸ばしている。
その先には三羽の真っ白な鳥が、それぞれと見つめ合うように首を傾げる。
躍動感のある翼の動きは、今にも絵の中から飛び立ちそうに見えた。

この絵、好きだな。
直感で思った。

部屋の真ん中にはイーゼルと絵描きがひとり。
床に広げた新聞に絵の具を散らかしながら、黙々と水彩画を描いている。
特有の匂いが、そこには充満していた。

片隅に置かれた木製の椅子に、私は足をブラブラさせながら座り、その絵描き――三井俊行(みつい としゆき)、通称俊(とし)さんの細い背中と水彩画をぼんやりと眺めていた。

少女と鳥が描かれた絵は、あと少しで完成しそうだ。

俊さんは、二十代後半の独身。
子犬のように可愛らしい目をした親しみのある顔立ちなのに、坊主頭には稲妻のような模様が描かれている。
一瞬ギョッとする髪型だ。
愛嬌のある目と奇抜な髪型のアンバランスさを隠すためか、外出するときにはニット帽に伊達メガネをかけるのが定番らしい。


「おい、亜子(あこ)、そろそろ帰ったらどうだ。家の人が心配するぞ」


不意に、俊さんがうしろを仰ぎ見る。
鼻の頭には、青い絵の具がベッタリとこびりついていた。

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