桜の花びら、舞い降りた

絵の具の付いた手で鼻でもこすったんだろう。
俊さんは、そうして顔中に絵の具を付けているのが常だった。


「別に私のことなんて心配してないから」


足をブラつかせながら、私が答える。
すると、俊さんは少しだけ目を細めながら口元を歪めた。
おそらく、『またそんなこと言ってるよ』くらいに思っているんだろう。

でも、本当にそうなのだ。
心配なんかしていない。

私、花岡(はなおか)亜子は、高校二年生の十七歳。
二年前にお父さんを病気で亡くし、保険の外交員をするお母さんと、お父さんが遺してくれた一軒家にふたりで暮らしている。


「雪も降り始めたから、早いところ帰ったほうがいいぞ」


私のうしろにある窓から外を見てみれば、俊さんの言うように雪がチラチラと舞っていた。
そういえば、天気予報でも今夜から明日にかけて、雪の予報が出ていたっけ。

私の住む地方は、一月から三月にかけて低く垂れこめる分厚い雲に覆われる日が続く。
雪が降ることも決して珍しくない。
冬休みも終わりを迎える一月八日の今日もまた、朝から厳しい寒さだった。
灰色の空を窓から見上げると、太陽はどんよりとした雲に姿を隠していた。

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