オレンジの雫
通り雨
あの日…

空を覆い尽くす黒い雲に追われるようにして、この坂道を屋敷まで駆け上がっていた。

長い坂道の下で、父の車が故障してしまい、そのまま彼女は、一人屋敷まで歩く事になってしまったのだ。

そこに降りだした激しい豪雨。

彼女は、ワンピースの裾を両手でで持ち上げると、頬に当たる大粒の雨に綺麗な顔をしかめながら、長い坂道を必死で走っていた。

髪も服も、みるみる濡れそぼり、白い肌に張り付いていく。

その視界は降り注ぐ雨粒に曇り、けたたましい音を上げた雨は、ひっきりなしに細い足首に跳ね上がる。

その時だった。

そんな彼女の瞳の隅に、オレンジ畑の真ん中に佇む、誰とも知らない人影が飛び込んで来たのは…

「え!?」

セシーリアは、思わず、その足を止めて、咄嗟にオレンジ畑を振り返った。

大きく息を上げ、片手を額にあてがいながら、彼女は、その人影を怪訝そうに凝視してしまう。

すると…

そこに浮かび上がってきたのは…

黒く曇った空を仰ぎ、大きく両腕を広げた姿勢で瞳を閉じる、まだ若い青年の姿であったのだ。

小麦色に焼けた肌の上を、緩やかに流れ落ちる雨粒。

水晶の欠片のような雨の雫が、その端正な輪郭を彩っては、肥沃な大地に還っていく。

イタリア人ではない…
おそらく、オレンジの収穫に合わせてこの街を訪れている、季節労働者の青年だろう…

何故だろう…

セシーリアは、そんな彼から、瞳を離す事が出来なくなった…

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