空を祈る紙ヒコーキ

 歩のことが心にあり、人から拒絶される痛みを知った俺は、義弟の暁に対しても距離を置いていた。暁はすごくよくなついてくれていたけどそれは俺を慕ってのことじゃなく、親の再婚後すぐに涼と親しくなった俺を通して姉と仲良くしたい気持ちの表れだったんだと思う。涼も家庭で孤立していたけど、身近な姉に嫌われ暁は暁で寂しかったと言っていた。

 涼と愛大が俺に飛ばした紙ヒコーキはこの前暁にあげた便箋で作られていた。俺が間に立たなくてもそのうち涼と暁は仲良くできると思う。

 涼と愛大がプールサイドでくれた詩『空を祈る紙ヒコーキ』は、大切な思い出として宝来の写真と共にコルクボードに飾ってある。


 ライブで俺達のウェディングソングを聴いた父さんと母さんは聴いた瞬間泣いたらしく、ライブが終わった後も目を潤ませていた。結婚を祝う言葉の中に二人への感謝と素直な気持ちを歌ったその詩は、涼と俺の初めての合作だった。

「あの子は子供のクセに私よりしっかりしてたから、昔から何でもかんでもやらせるようにしてたの。それで私を嫌いになって反抗的な態度をするようになったのかと思ったけど違ってた。ただ寂しかったのね、あの子は……。涼も大人になってきたし今さら甘やかすこともできないけど、これからは母親らしいこともやれるよう気を付けてみるわ」

 母さんは涼を愛している。不器用さと生活のことを考えるのに精一杯で表現する力が枯渇してしまい、今までは本人にうまく伝えられなかっただけ。

 父さんも父さんで涙ながらに俺が若年性健忘症を患っていることを打ち明けてくれた。なるほど。今まで人との会話にズレが生じていたわけだ。今まで隠していてごめんと父さんは何度も謝ってきたけど、引っかかっていたことが分かって俺はスッキリした。

 精神的ストレスが原因の記憶障害らしいので治そうと無理をするのはダメだと父さんに念を押されたけど、たまに無理をしても自分の気持ちを大事にしたいと思った。きっと俺の知らないところで父さんや涼達に悲しみを背負わせている。だったら俺もそれを一緒に引き受けたい。そうすればそれぞれの荷物は軽くなるはずだから。


 高校入学後にバイトを始めたのは、宝来の月命日に花を贈るためだった。父さんにもらったお金ではなく自分で稼いだお金で買うべきだと思ったから。その行為は贖罪の意味合いが強かったけど、今後は違う心持ちで続けていくつもりだ。

 俺が宝来の心を傷つけたことは変わらない。それを忘れないために。大切な人がそばにいることは当たり前ではないことを覚えておくために。俺は愚かで馬鹿な人間だ。この先もきっと間違う。失敗だって当たり前にするだろう。欠点だらけの俺を好きになってくれた人達を大切にできるよう、宝来にもらった優しさを生かしていけるような生き方を今後はしたい。

 宝来の命は存在する価値があった。そのことを証明する。俺の一生をかけて。

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