楽園
喪失感
「さすが華ちゃんね。
こんな素敵な絵を貰ってくるなんて…

それにしても素晴らしいわ。

先生は華ちゃんをここまで想ってるのね。

華ちゃんはどうなの?」

華は何も応えずに気持ちのない笑顔で誤魔化した。

「ご主人は酷い人ね。
都合の悪いことは忘れちゃって華ちゃんを縛るなんて…

でもね華ちゃん、
ご主人も気の毒だけど…
先生だってかなりの傷を負ってるはずよ。

この絵を見ればわかるわ。

あなたがどれだけ愛されてるか。」

「先生にはきっと私よりいい人が現れますよ。」

華はそれが自分の運命だと思っている。

あの時自分が車から降りなければ健太郎は今でも元気に働いていたはずだ。

華は健太郎の元に帰った。

「おかえり。」

「ただいま。」

華の顔は沈んでいた。

華は健太郎の前で時々こんな顔をする。

健太郎は自分が華を苦しめていることはもうずっと前からわかっていた。

そして…華とはもう書類上夫婦では無いことも
華には他に好きな男がいることも…

翔琉が描く華の絵を観てその事を思い出した。

それでも華を手放したくなくて知らない振りをするつもりだった。

だけどもう…華のこんな顔は見たくない。

寂しい顔で献身的に尽くす華に
健太郎も心を痛めていた。

「華、行きたい所があるんだろ?」

「え?アタシ、どこか行きたいって言ったかな?」

「確か…ニューヨークに…」

「健ちゃん…記憶をが戻ったの?」

「うん…思い出した。

華はニューヨークに行くハズだったね。

俺が倒れたせいで遅くなってしまった。

でもあの男はまだ華を待ってるんだろう?

あの男が描いた絵は華そのものだった。」

それでも華は健太郎と離れるわけにいかなかった。

「もう過去のことだよ。
私には健ちゃんがいるじゃない。」

「華、俺を愛してる?」

健太郎の質問に華は一瞬迷ってしまった。

「うん。」

華は頷いたが健太郎にはわかる。

「愛してないよな?

華、もういいんだ。

あの事故は華のせいじゃない。

俺が華を裏切った罰なんだ。」

華は泣いた。

健太郎をどうしても一人には出来ない。

そう思っていたが次の週に突然、健太郎の兄が広島から出てきた。

華の居ない間に業者を連れてきて荷物をまとめ
健太郎を連れて広島に帰ると言う。

「待ってください。どうして急に広島に帰るなんて…」

「華さん、もう健太郎とは夫婦じゃないんだろ?

籍はとっくに抜いてるんだそうだね。

このまま華さんの人生が看病で終わったら
華さんのご両親にも申し訳ない。

華さんにも華さんの人生がある。

健太郎はウチで引き取るから華さんは好きに生きればいいんだ。

それに広島に帰るのは健太郎の希望なんだ。」

健太郎のお兄さんが健太郎を連れて行こうとした。

「健ちゃん、どうして?」

「華、今まで悪かった。

俺は華から充分幸せをもらったから
今度は華が幸せになれよ。」

そして健太郎は出ていった。

華は健太郎に申し訳なくて、そして寂しくて一晩中泣いた。

大変な事もあったけど健太郎に救われていたことも沢山あったのだ。

健太郎が居なくなると華は自由になるどころか
生きる気力すら無くしてしまった。

だからといって翔琉のところへ行くなんて
とてもじゃないが申し訳なくて出来なかった。

華は居場所を失った気がした。

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