クールな御曹司と愛され政略結婚
婚約や結婚という言葉が生み出す甘さやときめきと、いっさい無縁の準備期間を思い出しているのか、灯がくすっと笑う。



「俺、そういう流れに甘えて、大事なこと、全部すっ飛ばしてきたなと思って」

「大事なことって?」

「それこそ、結婚しようって唯に言うとかさ」



灯の手が伸びてきて、私が持っていた箱のふたを、上から押さえるようにぱたんと閉めた。

私の手の上で、お互いの手で箱を挟んでいる状態になる。



「今さら結婚しようもなにもないし、なに言っていいかわからないんだけど」

「うん…」

「俺、唯のこと大事にするよ」



長い指が、箱と一緒に私の手を握った。

灯らしい、迷いのない目がまっすぐこちらを見ている。



「信じてついてきてほしい」



まさか今日、そんな言葉を灯からもらうと思っていなかった私は、完全に心の準備不足で、動揺して、感情を持て余してしまって、とっさになにも言えず。



「…うん」



やっとそう返事をしたときには、涙をこらえるのに必死で、灯が吹き出すほどのしかめつらになっていた。



「もうちょっとなにか言えよ」

「嬉しい」

「それだけ?」

「そんな急に出てこないよ。それに私は、これまでにもうけっこう言ってる」



好きだって言ったし、結婚できて嬉しいとも言ったし、姉に向かってだけれどそれなりに恥ずかしいことも言った。

それなのになんだ、と灯の無邪気な要求に腹を立てると、灯は笑い、「足りない」と言って、手を少しずらし、私の手首を握った。

手のひらの熱を直接感じて、ドキッとする。
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