クールな御曹司と愛され政略結婚
「だよね」



声が震えていませんように。


グラスを持つ灯の左手には、銀色の細い指輪が光っている。

私が一昨日、緊張に苦しさすら覚えながら薬指に通した指輪。


こんなものすら拠り所に感じるんだから、どうかしている。

ほんと、なんなんだろう、私たち。





「──え?」



午後に訪れた小さな広告代理店さんの会議室で、灯が思わずといった感じで尋ね返した。

対面に座る若い営業の男性は、申し訳なさそうではあるものの、最初に言った「広告主さんの意向で」という言葉で、自分の責任ではないことは表明済みと考えているのだろう、居直りも垣間見せつつ繰り返す。



「ですから、今回のCF、ビーコンさん含め数社さんで企画コンペをと申し上げていたのですが、それをやめ、他社さんにお願いすることになりまして」

「差し支えなければ、理由をお聞かせください、広告主さんはなんと?」



今日は広告主である生命保険会社も同席して、コンペのオリエンに先駆けた、簡単な企画の話をしてもらうはずだった。

ここのCFは過去に何度も手掛けてきて、今TVで流れているのも、灯ではないけれど、ビーコンのプロデューサーが作ったものだ。

男性が机の上で落ち着きなく手を組む。



「御社と創現さんの取引が始まったでしょう。そうすると、弊社のような小さなエージェンシー経由の仕事は軽視されやすい。それを懸念して、先方が自ら、ビーコンさん以外のところでと希望してきたんです」





「野々原のところもか、俺も一件、ご破算になった」

「え、それ僕だけじゃなかったんだ!」



夕方、外での仕事を終えてデスクに戻ると、口々にそんな声が聞こえた。

灯の表情が険しくなり、指がジャケットのポケットに入れている煙草に伸びる。

この仕草が出るときは、相当気が立っている。
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