クールな御曹司と愛され政略結婚
「どなたか、代わりに決まった制作会社がどこだか聞きませんでしたか」



私はみんなに尋ねた。

営業さんに質問したのだけれど、なんだかんだと言葉を濁して、さすがに教えてもらえなかったのだ。

一人が「俺聞いた」と手を挙げる。



「向こうがうかつな人で、ぽろっと教えてくれた」

「どこ?」

「『Zero(ゼロ)』だって」



各々の顔に、なるほど、という得心の表情と、なんだと、という不穏な表情が入り混じって現れた。

それもそのはず、ゼロというのは3年前に突如として出現した映像プロダクションで、小粒な会社ながら気の利いた作品を立て続けに生み出し、破竹の勢いで成長している会社なのだ。



「去年か? 米国の広告賞、獲ってたよな」

「スポーツメーカーのブランドCFね、ああいうトリッキーなの得意ですよね」

「顧客が外資もしくは海外ばっかりだったんだよな、そのせいか、いまいち正体がつかめなくて、不気味なとこってイメージあるな」



ひとりがそう言うと、デスクがしんと静まった。

その通りだ。

同じ業界にいればなんとなくできる横のつながりがなく、得体が知れない。

けれどどこかで尖った評価を得ている作品があると、たいていゼロなのだ。



「ま、みんながみんな、ゼロに取られたとは限らないけど」



無理した明るい声に同調できる人は、残念ながらいなかった。

おそらく、その楽観は間違っていると、誰もが感じていたからだ。





パスポートを新しくしないといけない。

家に帰ってから、書斎で灯の出張スケジュールと、一足遅れて現地入りするクライアントのフライトプランを確認していて思い出した。


PCで調べてみると、姓が変わったときの申請には戸籍抄本が必要、とのこと。

新しい戸籍抄本は、婚姻届けを提出してすぐには入手できない…。


面倒だけど、問い合わせてなるはやで取り寄せないと。

いつ海外に行く用ができるかわからない身だ。
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