クールな御曹司と愛され政略結婚
握られた手は、その後離されてしまい、手をつないで歩くことはできなかった。

ちくわ、鶏肉、とコーナーを変えて食材を探すうち、用を済ませて戻ってきたおばさんがこちらを見つけた。



「唯ちゃーん、たっかい桃買ったから、一緒に食べましょ」

「うわっ、立派、おいしそう!」

「でしょ、うちの男どもはふたりして桃が嫌いなのよ」

「桃って嫌いな人、いるの」

「嬉しいなあ、今日は男どもが見向きもしないタルトも焼いちゃお」



年月とともにふくよかになってきた身体を揺らす、おばさんの足取りは軽い。

私は灯にだけ聞こえるよう、そっと言った。



「嬉しいもんだね」

「ん?」

「結婚くらいでこんなに喜んでもらえるの、すごいよね?」

「"結婚くらい"とはまた大きく出たもんだな」

「そこじゃなくて、言いたいのは」



ドンと肋骨のあたりをげんこつで押すと、灯が笑う。



「わかるよ」

「ほんと?」

「言われたからしたわけじゃないけど、いや、言われたからしたんだけど、別に俺は、親のためだけにしたつもりもなくてさ」

「うん」

「でも結果的に、あーこれが親孝行かなって思うことが増えた。今日とかも」



おばさんの背中を見つめる、灯の目は穏やかだ。



「親が年食ったせいかと思ってたんだけど、もしかして年食ったのは俺か」

「しみじみしちゃう?」

「しちゃうな…」



夏生まれの灯は、じき20代に別れを告げる。

最近なにかとこの手の発言が増えたのは、たぶんいろいろと思うところがあるからなんだろう。
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