【短編集】その玉手箱は食べれません
その様子を見て老人から譲り受けた筆を走らせた。
子供たちの会話が聞こえてくるかのように絵の中に表現が生まれた。赤だけを使ったのに線のひとつひとつに微妙な濃淡が自然と細工されていく。
題名は『目の前の幸福』として展覧会に出品することを決めた。
1年後、私はアート・ホールのワンフロアを貸し切って個展を開くまでになった。
客の出足もまずまずで8割の作品に買い手から予約を受け、盛況のうちに展覧会が終了しようとしたとき、白いワンピースを着た若い女性が一枚の絵から離れず、足を止めていた。