恋愛じかけの業務外取引
その日のことはあまりに印象的だったので、今でも鮮明に思い出せる。
少年は妹のユリに人前で振られたことを根に持っていたらしい。
少年はなんだかんだと喚きながら、私の背後で怯える妹を連れて行こうとしていた。
「ユリ、こっち来い! 話聞けって言ってんだろ」
「帰りな。ユリは嫌がってんじゃん」
彼と言い合いながら彼が伸ばす腕を払ったり掴んで止めたりしているうちに、彼の怒りの矛先は私に。
「邪魔すんなクソババァ!」
次の瞬間、少年の手の甲が、私の頬を強く打った。
乾いた音がして、衝撃の次に痛みが走った。
「マヤ姉!」
妹の悲鳴が聞こえ、少年の顔が「しまった」と焦りに歪む。
私はすっかり頭に血が上って、無意識にギュッと拳を握っていた。
そして。
――バキッ!
そこまで思い出したところで、ふと我に返った。
なんだか妙に、手からリアルな感覚がする。
ぶつけた拳頭と、爪が食い込む手の平がすごく痛い。
「いっ……てぇー」
聞こえてきた大人の男の呻き声に、だんだん意識がハッキリしてゆく。
チカチカする視界がクリアになってきたところで、私はようやくここが夢ではなく現実だと理解し始めた。
スーツ姿の男が、左頬を手で押さえて顔をしかめている。