黒胡椒もお砂糖も


 お客さんとの話し合いも上手くいき、新聞沙汰にせずにもみ消すことに成功した。が、どうしても生贄が必要になるとのことだった。本社への対応として。専務の息子である私の上司は田舎へ左遷。そして私は、退職金をはずみ、会社理由での解雇にするからという条件で、証券会社を辞めたのだ。

 会社の為に頼むと支社長に言われ、泣きながら専務に頭を下げられ、はいと無表情で答えた記憶がある。

 だってどうせ、帰る家だってないんだから、と。

 愛していた夫に捨てられたのだ。会社から捨てられたって今更そんなにショックも増えないわ、そんな事を思っていたような覚えがある。

 もう、どうにでもして下さいって。

 私が今更頑張ったって、物事はうまくいかないようになってるんでしょ、って。

 当時の私は確実に病んでいた。頭の中の色んな回線がショートをして、マトモな判断が出来なくなっていたのだろう。

 そして、尾崎姓に戻った。

 大好きな夫と平凡でも幸せな毎日を過ごしていて、バカな上司には頭が痛かったけど、仲のよい同期にも恵まれた楽しい会社生活。その全てをいきなり失った1年半前。

 暫くは世界が崩壊した影響でひたすら寝て過ごし、それから改めて離婚の後始末をした。

 地獄のような時期を実家や友達の慰めで何とか過ごし、前職の会社に書かせた推薦状でこの保険会社に滑り込んだ。

 そして、心配をする親を安心させるためだけに、実家を出て一人暮らしを始めた。


< 14 / 224 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop