SIX STAR ~偽りのアイドル~
第3章 リーダー
春の訪れにはまだ時間がかかりそうな2月中旬。

今年の冬は雪が多くて、寒い日が続く。

例年なら、気がめいるはずのこの時期、今年の私はこのまま時間が止まってしまえばいいとか、

時間が逆戻りしたらいいのにとか考えて暮らしていた。



今までもジムに通ったり体操教室に通ったりして体力に自信があると勝手に思っていたけど、

ここの生活は地獄だ。

朝起床は6時。もっと早い時もある。

ランニングからはじまり
歌のレッスン
ダンス
プロマイド用の写真撮影に雑誌の取材とその写真撮影・・・
やらなきゃいけない事は盛りだくさんで容赦がない。


その中でも堪えるのが・・・
いつも造り笑いを強制されることとメンバーと団体行動
だからいつも何かしらで言い争いになったり掴み合いになったりトラブル続きだ。

ましてや私は女であることを隠している。

マネージャーの雪野ががっちりフォローをしてくれているけど、油断が出来ない。

いつも緊張を強いられてくたくただ。

この6人のメンバーの中では、私なんか背も低いし・・・顔だってイケメンとは言い難い。

だから、何をするにも目立たず端っこでいいと思うし、端っこでいたい!

地元の高校生活でも、自分の夢の為に目立たず地味に暮らしてきた。

いたのか?いないのか?分からないほど地味で目立たない私でいれば、

もし、私が戦隊ヒーローのレッドになっても誰も私とは気が付かないに違いないと思ったからだ。

だからそんな暮らしがすっかり板についていて、

今のきらびやかで目立つのが、精神的にきつくて私の気力と体力を奪っていくのだ。


それなのに・・・何の企みなのか、写真撮影でも雑誌の取材でも何をやっても、

なぜか私が真ん中に担ぎ出されてしまう。

十作はからかい気味でわざと私を押し出してくるし、瑞貴は幼稚園児のように手をつないできたりする。


その反面で龍星は四六時中私を目の敵にして、嫌味を連発してくるわ・・・

不思議の国の人の哉斗はことある事に私に寄りかかってくる。

唯一の救い。謙太だけがその恐ろしい事態から私を助けてくれている。

本当にこんなんでいいのか?

私は西野に詰め寄ってみたい。

こんなの絶対に女だって、デビュー前にわかってしまうよ。



そんなこんなで、あっという間に1週間が経つ。

日を追うごとに課題が増えて、今では本格的にレコーディングやグラビア撮りやダンスレッスンが始まった。

服装もスタイリストが体形合わせるし、髪型ももう以前の私ではないものにされていた。

驚いたことにアイドルになると男でも化粧をするみたいで、メイクさんもちゃんとやってくる。

自分がどんどん作られた架空の人間になっていくようで怖くなった。

それだけじゃない。ここまですれば、私が女であるとなんか簡単に分かってしまいそうなのになぜかそうなっていない。

さすが西野のやることだ・・・

さりげなく私には専属のスタイリスト兼メイクさんが付いていてくれるし、

その人は(女性のような綺麗な男の人だけど)多くを語らずきっちり仕事をする人だった。

彼の名前は朴(ぼく)さん。韓国籍のスタイリストさんだ。産まれが日本だから日本語は堪能。

あってすぐに何を渡されるのかと思ったら、胸板に見えるように細工のあるランニングシャツだった。

男に見えるように工夫がされている下着や服をいろいろと持ってきてくれる。

私は彼の言われるままに、用意された服装を着て自分の部屋から出るようになった。

家でくつろぐ服装もすべて彼の指示がある。

もし、メンバーの誰かにいきなり会う事になっても怪しまれない工夫が満載だ。

そのおかげで今のところは、十作のいきなりの訪問や瑞貴が部屋に入り浸ってもばれていないようだ。



今日もダンスや歌のレッスンを終えて家にもだったのは夜の10時頃だった。

それから気が付いたらうたた寝をしていて、さっき目が覚めて時計を見たら0時をちょうど過ぎていた。


(おなかすいた)

夕ご飯はレッスンの間に食べたが、喉を通らなくてほとんど残してしまった。

今頃食べてら太るかも・・・とは思いつつ、私はコンビニまで食料調達をしに行くことにした。

みんなの部屋はどこも暗くなっていてみんな寝ているみたいだった。


私は息をひそめながら、物音を立てないでそっとマンションを出た。

コンビニはマンションを出て200mくらいのところにある。

私の格好では女だと思ってもらえる事はないから、安心だとは思うけどどうしても夜道は用心してしまう。

普段から男に見られるように練習してきたとおりに、少しガニ股で歩幅を大きくして歩く。


(あれは)

コンビニに行く途中で、私は意外な人の姿を見つけてしまった。

コンビニ前の小さな公園に誰かがいた。

その人はこの寒い中でダンスをしていた。

それは、私が何度教えてもらっても覚えられない振り付けだった。

私たちがデビュー時に披露するのは3曲でその振り付けは、格闘技の型やアクションの技とは質が違って難しかった。

それを彼は振り付け師の先生のお手本とほぼ変わらずに踊っていた。

私から見れば、その踊りは先生よりも彼の方が美しく思えて、ついコンビニに行くのも忘れてその綺麗な踊りに見惚れてしまっていた。

「・・・」

10分くらいそうしていたのかもしれない。

その人、龍星が流れる汗を拭い向きを変え、私が見ていることに気が付いて目が合う。

(しまった)

また何を言われるかわからない。

私は素知らぬ顔でその場を去り、小走りにコンビニに逃げ込んだ。

コンビニに入ると暗いところにいたせいで、店の中のあまりの明るさに目がくらんだ。

ここで少し時間潰して帰れば、龍星に会う事もないだろう。

向こうはしっかりこっちを見ていたし、会ってしまったらなんとなく気不味いし嫌だ。

時間つぶしにうろうろと本棚のところにくると、実家で毎月買っていた今日が発売日の少女マンガ雑誌がある。

さっきまで龍星のことを気にしていたのに、今はすっかりその雑誌に載っている『君のために』という題のマンガの続きが読みたくて仕方がなくなった。

私が無意識にその雑誌に手を伸ばそうとしたそのとき、

「何やているんだ?」

(「きゃ~~」!!)

いきなり背後から話しかけられもう少しで悲鳴を上げそうになった。

振り返ると、そこに龍星がいる。

「・・・え?・・・いやその・・・」

もうしどろもどろだ。

雑誌を掴んでなくて本当に良かったと思った。

「呑気にマンガでも読むのか?」

彼の声にはいつも棘がある。

「違うよ。ぼ・僕はお腹がすいて、その・・・なんか買いに」

本当の事だ。

「夜中に食えば身に付くだろ」

徐々に不機嫌な口調になってきて、上から見下げるような視線が痛い。

「でも、腹が減って眠れないんだ」
(もう、ホントにほっておいてよ)

「サラダとかカロリー低いのにしとけよ」

もっと何か言われるのかと思ったら、龍星はそれだけ言うとさっさと行ってしまった。




ちょうどデビューまであと半月になるころ、ほぼ御披露目のときの衣装が出来上がってきた。

それはいいのだけど・・・

衣装合わせはより神経を使う。

女とは違い男は周りに誰がいても、気にしないで着替えたりする。

冬だけど彼らはまったく関係なく全裸になる勢いで、脱いでしまう。

いくら兄が2人いて、昔は風呂に入っていたりしていたとしても、他人の裸には戸惑ってしまう。

今は微調整だとかいって個人個人で離れて着替えているけど…

(絶対むり。バレるよ)

朴さんのおかげで、私の衣装は露出度が極力少なくしてくれているが、今後どうなることやら・・・

「だ・大丈夫ですよ。私がなんとかしますから」

不安に思っている私に気が付いたのか、雪野が気をつかってあの頼りない口調で小声で言ってくれた。

「ありがとうございます」

兎に角、デビューだ。

バレたとしても、私は関係ない。私のせいじゃないと何度も呟いた。

衣装合わせの終わった私たちは、事務所の一室で集められた。

衣装のベースの白で同じだが、それぞれに形が違い間に入る配色が違っていた。

健太はタキシードような衣装に青いネクタイや小物がついている。

十作は露出度一番多く、黒のランニングの上に腕を折り曲げたジャケットとややラフなズボンでチョイ悪な感じだった。

瑞貴は黄色の入った可愛い系。哉斗は緑が入ったカジュアル系。

そして、赤が入った海軍様の衣装は龍星で、私のは露出度が少ない学生服様のピンクが入ったものだった。

(ワザとだ)

西野が嫌みな顔をしているのが目に浮かぶようだ。

「みんな、よく似合って素敵よ」

雪野はいつもよりテンション高く話し始めた。

1人ずつで見るのと違って、こうして並ぶと迫力がある。

「西野からですが、君たちの中でリーダーを決めてください。自薦他薦構わないです」

私たちは1人を除いて互いに顔を見合った。

「はい!」

十作が真っ先に手を上げる。

「俺は恵がいい」

十作の言葉にみんなの視線が一斉に私に集まった。

「ちょっと、待って!待って下さい」
(有り得ないよ。)

私はいずれはこのチームから抜ける予定の子だ。そんなのがリーダーをするわけにはいかない。

「わた…じゃなくて、僕は龍星がいいと思う。歌も踊りも一番うまいし」

完全否定をするのではなくて、自分も推薦するって形でその場をやり過ごす。

「却下」

哉斗がすぐさま即答する。

「俺もや」

それに十作もつづく。

「俺は恵の意見もいいと思うけど」

謙太は反対に私に賛成し、

「僕はわからない」

瑞貴は興味なさそうに言った。

2対2棄権1。あとは本人次第だ。でも、龍星は何も言わない。

この6人の中で一番このグループの活動を頑張っているのは、龍星ではないかと普段から思っていた。

彼は私が戦隊ヒーローのレッドになりたくて頑張っていた自分にどこか重なるところがあったからだ。

「私も龍星に1票入れよう」

静まりかえってしまった私たちの輪に、いきなり西野が入ってきた。

今日も黒いスーツを着こなし、腕を組んでこちらを見ている。

いつからそこにいたのだろうか?私がリーダーなんかになったら困るはずなのに、助けてもくれなかったことにだんだんと腹が立ってきた。

「私も、龍星くんに賛成します」

今度は雪野もおずおず手をあげて意見を言った。

こんなのは、はじめから上に立つ人が決めればいいことだと思った。

鶴の一声でリーダーはほぼ龍星に決定したようなものだけど、チームの雰囲気は反対派と龍星の間に凍りつくような感じが大きくなっている。

そんな中で健太が、

「じゃ、リーダーは龍星で。サブリーダーは恵がやることでどうだろう?」

そう、その場をまとめにかかった。

(私がサブリーダー??)
「ムリ、無理無理。僕なんか」

手をぶんぶん振りながら拒否る。

駄目だと言ってほしくて西野の顔を見たが、皮肉な笑みを浮かべるばかりだ。

(この人・・・楽しんでいるの?)

「わかった。こいつがサブやるなら、リーダーやる」

さっきまで何も発言しなかった龍星が、最後のとどめを刺すのだった。

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