乙女野獣と毒舌天使(おまけ完結)
杏樹は、通された部屋を見渡し、目を見開いた。
部屋は洗練された純和風の部屋で、景色もよく、周りが竹で囲まれているため、外の音は全く響いてこない。聞こえるのは鹿威しの音と、小鳥のさえずり。
まるで新婚旅行での訪れるような場所。
隣の襖を開けようとすると、うしろから、声をかけられた。
「よく来てくれました。立花さん。」
うしろを振り向くと、今、お風呂上がりと言わんばかりの格好をした男性がいた。
「岩倉さん?打ち合わせ…ですよね?」
浴衣姿の男性に窺うように訪ねる。
「ああ、すみませんね。休暇でここに来ていて…昨日急に、立花さんの話を聞いて欲しいと言われて…。こちらも話が進まず焦っていましたから、早く話を詰めたくて…時間がとれたのが今日なんです。」
「…ご迷惑をおかけし、すみません。」
「いえいえ。かまいませんよ。座って下さい。」
男性は座布団に座りながら自分の前の席を示す。
杏樹は嫌悪感を抱く。
何で、こんなすごい場所に一社員が来れるのだろう。何で、浴衣なんだろう。
何で、何で、と考えるが、岩倉の近くを通らないと外には出られない。
言われたままに岩倉の前に座った杏樹は、雅輝に貰ったぬいぐるみのキーホルダーを握りしめていた。
「くそー!何で、赤信号なんだよ!」
ハンドルを乱暴に叩き、髪の毛をガシガシと掻きあげる。
アトリエを出てから、何度も何度も赤信号に止まり、その度に雅輝の乱暴な声が聞こえてくる。
車に乗り込みGPSを確認すると、行き先が料亭ー楓ーであることが判明した。
それを話すと悠一が慌て始めたのだ。
ブライダルの企画の担当者、岩倉は枕営業をしていると噂が会社内にはあったからだ。
好意をよせている女性を獲るため相手会社の男性と仲良くなり、仕事を有利にすると約束をさせ、その男性の仲介の下、女性と関係を持つ。
また、好意を寄せていない女性に対しては、好きな振りをしホテルに連れ込み、卑猥な写真を取り、それをちらつかせる。
岩倉がよく使うのが、料亭ー楓ーだとの噂もあった。
女将と知り合いなのか、よく一社員が使用できるなと思うほどの壮厳な料亭だ。
だが、そこは離れがあり、襖を隔てて部屋と寝所になっているため、入った瞬間は分からず、食事のあとホテルに連れ込むよりは、関係に持ち込みやすい場所らしい。
「雅輝、落ち着け叫んでも青にはならないよ…。」
悔しがる表情を見せながらも、乱暴に扱うハンドルを持つ手が微かに震えているのを悠一は見ない振りをした。
「雅輝…杏樹ちゃんのこと、好きになったんだろ?」
「今、関係ない話だ!」
「関係なくないよ。今、こんなに一生懸命なのは、好きだからだろ?」
「……。」
「嬉しいよ…。今までつらい時期を見てきたからさ。だから、俺も協力するし、連れて帰ろ。」
「…ああ。……まだ、杏樹には、言うつもりないからさ…。黙っとけよ?」
ぼそりと言う声に、悠一は、微かに笑った。