乙女野獣と毒舌天使(おまけ完結)
『もうすぐ、杏華の命日だね。』

『ママがいなくなって6年か…。』

『あいつが捕まれば、娘だってメディアに向けて言うから。』

『いいの。パパの子に変わらないんだからさ。』

『そうだけど…やっぱりみんなにパパですって紹介されたいじゃん!』

『こどもじゃないんだから。』

 小さい頃、パパと人前で紹介出来ずに泣いたときもあった。ママと堂々と買い物に行けず駄々をこねたこともあったが、いつのまにかちゃんと理解していた。

 家の中では、絵を教えてくれたり、アクセサリーを作ったり、母と料理したり楽しい思い出ばかりだが、熱狂的なファンが杏華や杏樹を狙うため、外で嫌な思いをしたこともあった。

 でも、もうすぐそのファンも捕まると聞いているから、父はみんなに報告するのが楽しみなのだ。自分たちの関係を知るのは、極わずかだが、その人たちにも、外部に漏れないよう、箝口令が引かれてる。

 母は、その日を夢見ながら、体調を崩し、杏樹の二十歳の振り袖を見て、息を引き取った。

『……杏樹、恋人は出来たか?』

『…うん、素敵な人がいるの。』

『日本に行く時には逢わせてよ。どんな男か楽しみだよ。』

『楽しみにしてて。じゃステンドグラスの絵のほうは大丈夫なんだね?』

『んっ。大丈夫。任せといて。』

『ありがとう~。』

『じゃ仕事行くから、いつものお願い。』

「もぉ~。しょうがないなぁ。愛してるよ。」

 父は小さい頃から、母と自分に日本語で"愛してるよ"っていう言葉を求める。母が亡くなってからも、続いているが何度言っても、愛の言葉にはなれない杏樹はいつも顔を赤らめてしまう。

 その言葉を聞くと、安心したように仕事に父は向かった。

 だが、途中から目を覚まし、日本語の会話だけ聞いていたなずながこの先、とんだ誤解をすることになる。



 連条社長は、あやめの父に言われた絵を外し、そっと触れる。
 絵のすみにはーCHRISーとサインがしている。
「クリス、君は今どこにいるんだ。あの約束は覚えているよ。」
 
 でも、と思ってしまう。あんな強かな女に、残忍な父を持つあの娘と、雅輝を結婚させたくない、本当にあの娘がクリスの娘なのだろうか。

 通じない電話を握りしめる連条社長も、月明かりを見上げていた。
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