うっせえよ!





「大人の恋をメルヘンに描く奇才」という看板を私はなくしていた。



きっとどこかに置き忘れてしまったのだと思う。それが、何年前のどこにかははっきりしていない。



覚えていないのだ。



ただ、4年前に書いたサスペンス小説「エゴイスト」が大ベストセラーを出して以来、サスペンス小説の依頼が後を絶たないということは確かだ。



「お前はあのエゴイストを生んだ作家、大木りんなんだぞ? 大木りんが大人の恋愛小説なんて出してみろ! 『ああ、迷走したな。』って思われて、読者が離れていくのがオチだ!」



なかなか言うじゃないの。言ってくれるじゃないの。若干20歳にして、大人の恋愛小説でデビューした大木りん先生に向かって随分な口を利いてくれるじゃないの。



確かに、月刊カミツレの編集部、柏原誠司さんから受けた依頼は、「サスペンスの短編」ということだった。だから、結末にもちゃんと人を殺す描写も書いた。



にもかかわらず、これを「恋愛小説」と言い切るんもんだから、癇に障る。



「これはサスペンスです! 愛する人を自分のものだけにしておきたいという想いから、その人を殺すんですから。」



そう豪語しても、誠司さんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるばかりだ。



「じゃあ、俺の間違いだったな。これは恋愛小説なんかじゃない。出来損ないのサスペンスだ。それもありふれたくだらない、高校生でも書けるようなものだ。逆にこんなのをOKすれば、俺のクビは間違いないだろう。」



そこまで言わんでも……。いや、通常運転といったところか。



誠司さんに初稿を見せて、「この路線で行こう!」となった試しは一度だってない。




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