隣にいたのはあなただった
 外に出ると思った以上の暑さに、脳が扇風機の前に戻りたいと叫んでいるのがわかった。しかしお母さんが家にいる以上、戻ることは出来ない。
『早く行って早く帰って来よう。』
私はお気に入りの赤い自転車を走らせる。大輝の家は自転車で5分もかからない所にあった。青々と茂っている田んぼ道を抜けるとすぐだ。小学生の頃はよく大輝と、この田んぼで蛙を捕まえたりしていたっけ。
『こんな事を思い出すなんて、私も歳をとったな』
田んぼから前に視線を移すと、見覚えのある後ろ姿が目に入った。あれは…
「菜穂ちゃんっ」
菜穂ちゃんは足を止め振り返る。そして私の姿を確認すると目を大きく見開いて私の元へ走って来た。
「雛子ちゃん、久しぶり!会いたかったよ~」
そう言って自転車から降りた私に抱きつく。その可愛さに私の胸はキューンとなって、菜穂ちゃんを抱きしめる。彼女は大輝の妹の後藤菜穂ちゃん。今年大学受験を控える高校3年生。大輝と同様に家族同然で、私にとっては妹的存在。菜穂ちゃんの方も私のことを姉のように思ってくれているようだ。最近は大輝の家に行っても菜穂ちゃんが塾や学校に行っている時が多く、なかなか顔を合わせられないでいた。
「元気にしてた?受験勉強大変そうだね」
菜穂ちゃんは私服に重そうな鞄を肩にかけていた。きっと今日も塾に行っていたのだろう。
「勉強ばっかりで全然元気じゃないよ~。今日も朝から塾に行って来て今帰りなの。雛子ちゃん家に用事?」
私は自転車の籠に入れていた袋を差し出す。
「これ、水羊羹。よかったらどうぞ」
菜穂ちゃんは袋の中身を見るとパアっと明るい表情になる。
「あ、雛子ちゃん今日うちで夜ご飯食べていきなよ。久しぶりに話したいし」
「話したい話したい!お邪魔でなければぜひ」
さっきまで早く水羊羹を届けて家に帰ることしか考えていなかったのに、なんて単純なのだろう。後藤家のご飯はとにかく美味しくて、小さい頃からの大好物だった。私は菜穂ちゃんと一緒に夜ご飯をいただくことにした。
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