ラティアの月光宝花
ライゼンの眼下に、信じがたい光景が広がっている。

あれは……市長のケイナじゃないか。

それだけじゃない。

いつの間にこんなに大勢、エシャードの民が集まったのか。

「ライゼン様、ラティアの苦しみはエシャードの苦しみ。ラティアの喜びはエシャードの喜びです」

その直後、ケイナが一歩前へ踏み出たかと思うと、ライゼンの眼をしっかりと見つめて言葉を放った。

「そして……ラティアの敵はエシャードの敵!」

嵐のような拍手と歓声が辺りを熱く包んでいく。

「……みんな……」

露台の飾り柵に乗せたライゼンの手が震える。

高ぶる感情を抑えようと、ライゼンは何度も呼吸を整えた。

「……ライゼン。民を信じろ」

「父上……」

その時ライゼンはようやく分かった気がした。

小国であるがゆえに、ラティアの一部となるまでエシャード国は何度も何度も侵略され続けてきた。

けれどこれまでどんな状況になろうとも、父ギルーザの瞳にはいつも絶対的な自信の色が宿っていた。

荒らされ奪われてもなお、父上が希望を捨てなかった理由。

それは……もしかしてそれは、父上と民が揺るぎない信頼関係で結ばれていたからではないか。

なら、それなら、俺は……!

「ライゼン。どうかお願い。私に力を貸して」

……決断の時が来た。

ゆっくりとセシーリアを振り返ると、ライゼンは静かに膝をついた。

「ライゼン」

「セシーリア女王陛下」

穏やかな笑みをたたえてライゼンがセシーリアに頷いた。

「セシーリア女王陛下。数々のご無礼どうかお許しを。迷いは消え失せました。エシャードはセシーリア女王陛下と共に走り続ける所存です。イシード帝国を灰塵に帰する事が出来た暁には、共に祝杯をあげましょうぞ」

セシーリアは、気品に満ちたライゼンの姿を見つめて思った。

……もしかしたら、今ライゼンの瞳の中に浮かんでいるのは《諦め》かもしれない。

なら、もしもそうなら、私がそれを喜びの光に変えて見せる。

ライゼンを後悔させないような勝利を手に入れてみせるわ。

「ありがとう!ありがとうライゼン!あなたに、このエシャードに後悔などひと欠片もさせないと誓うわ。私の命に懸けて」

大きな一歩が踏み出せた気がして嬉しさを押さえられず、セシーリアはライゼンの両手を握りしめた。
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