タタリアン
 翔太が町長になって5日がたっ
た。
 以前募集していたケヤキを伐採
する業者として他の町から5社が
名乗りをあげて来た。
 翔太はケヤキに関する今までの
経緯(いきさつ)を5社の代表に
正直に話すと、すべての業者が
断ってしまった。
「ありゃりゃ」
 しかたなく翔太は自分の目でケ
ヤキを確かめることにした。

 翔太は巨大なケヤキの前に立っ
て見上げた。
 木漏れ日がチラチラと輝き、樹
の天辺は見えなかった。
 いきなり翔太はケヤキを思いっ
きり蹴った。
 ケヤキの表皮が少し取れ、太い
幹に傷がついた。
「手荒なことはよしなさい」
 いつの間にか後ろで見ていた老
人が翔太をさとした。
「じいさん、誰?」
「わしは、樹木医の坂井佐吉じゃ
があんたこの樹、本当に切るん
か?」
 佐吉は翔太が町長になったこと
を知っていた。
「そうだな。道路に出っ張って邪
魔だし、みんなは切って欲しいら
しい。俺はどっちでもいいけ
ど……。じいさんこの樹、タタル
と思う?」
「さぁな。あんたは今、蹴ったか
らな」
「それじゃ、俺に今夜何か起こっ
たら、もう切ろうなんて思う奴は
いなくなるかもな」
「わしが切ってやってもいいぞ」
「じいさんは樹木医だろ。生かす
のが仕事じゃないのか?」
「そうじゃ。この樹を死なせんた
めに切るんじゃ」
「そうなの?じゃぁ、その時は頼
むよ」
 ふたりはそう言い合って別れ
た。

 その日の夜。
 翔太は両親と暮らしているので
万が一のことを考えて自宅ではな
く、町役場の宿直室にひとりで泊
まることにした。
 宿直室は6畳の和室で、翔太は
カップラーメンをすすりながら雑
誌を読んだ。
 町長というよりニートの生活に
逆戻り。
 蛍光灯が時々、チカチカ点滅し
ていた。
 ラーメンを食べ終ると布団を敷
いて横になり、読みかけの雑誌を
パラパラとめくった。
 翔太は一晩寝ないつもりだった
が、うとうとしはじめた。
 その頃、町役場の近くにあの謎
のレッカー車がやって来ていた。
 黒焦げの自動車を引きずるよう
に牽引して徐々に町役場に近づい
た。
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