甘い恋じゃなかった。
店の前に着いたのは予約した時刻の十分前だった。
「カバ男はまだ来てないの?」
暑そうにシャツの胸元をパタパタ扇ぎながら莉央が聞く。陽はもう完全に沈んでいるが、じっとりと纏わり付くような暑さがきつい。
「今日仕事休みなんでしょ?カバ男」
莉央はイケメンには優しいが、非イケメンには厳しいというあまりよろしくない特徴を持っている。
「は?カバ男?」
そんな莉央の隣で、牛奥が不思議そうに首を傾げた。牛奥は、莉央に桐原さんがカバ男と呼ばれていることを知らない。
「うーん、もう少しで来ると思うんだけど…」
…とりあえず牛奥への説明はまた今度することにして。スマホで時間を確認すると、予約の時刻まであと5分に迫っていた。
連絡してみようかな、なんて考えたとき。
「…おい」
不機嫌そうな低い声。
振り向くと、背後に桐原さんがジーンズのポケットに手を突っ込んで立っていた。見るからに怠そうだ。
桐原さんのジットリとしたオーラのせいか、なんだか先ほどよりも湿度が高くなったように感じた。